約 2,288,107 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1591.html
───毎日が同じことの繰り返し。 それは恐らく誰もが感じる事だろう、実際に俺もそうだった。 しかしてその重要性に気がついてもいないだろう、俺は今ではそんな日常が懐かしく感じる。 毎日、起きて食べて歯磨きしてこのキツい坂を上って何気なく勉強し、そして平凡な部活動にいそしみ、 疲れた体を引きずり毎日のハイキングコースを再び帰り、食べて、寝る。 真面目な学生なら寝る前に翌日の予習や今日の復習なども入れるが、このさいだからどうでもいい。 そんな生活を俺は望んでいた。 じっさい俺は違った。 それは、常識はずれでわがままで唯我独尊、はたまた気分屋な人物に振り回されているからだ。 「楽しいから」、ただそれだけの理由でいるはずのなかった宇宙人、未来人、異世界人、超能力者を探しあて、 一緒に遊ぶという目的だけでそいつは学校で団体を作ったのだ。 ちなみにここで部活や同好会と言わずに団体と言ったのには理由がある。 いまだ生徒会側に認められていないからな、俺の所属する団体は。 ここまで言えば、いや言わなくともわかると思うが、そう、その団体の名はSOS団。 そしてこの存在意義が存在するのかどうかも疑わしい、いまわしいSOS団の頂点にいた奇妙奇天烈という言葉似合う奴こそ、 涼宮ハルヒだったのだ。 涼宮ハルヒと出会ってもう一年がたち、入学してから一年をともに過ごした仲間達の一部にお別れを告げ、 心機一転新たな顔ぶれに身を預けるクラス替えも無事に終了し、俺は二年生になっていた。 「今年一年もよろしくな、キョン」 「なんだかんだで僕達三人、一緒でよかったよ」 そうやって無事に平穏に俺と谷口と国木田は同じクラスになり、新たな生活が始まった─── ───と考えるのは間違っていた。 「キョン!今日はSOS団特別ミーティングだからかっならず来なさいよ!いいわね!来ないと死刑だから!」 そう言って一年間ずっと席替えして、そのうえクラス替えしたのにも関わらず、ずっと俺の後ろの席に座っていたそいつは俺に声をかけた 言うまでもない、涼宮ハルヒだ。 いつもだって勝手に休んだら怒るだろうがお前。 「うるさいわね!いいから来る!わかった?」 俺がはいともいいえとも返事をする前に、ハルヒはいつもどおりに、クラスを飛び出した。 古泉と長門が別のクラスになったのは正直残念だ、またクラスでは俺一人ハルヒのお守りをせねばいかんらしい。 うんざりする。 「もう好きにしろよ」とため息混じりにつぶやいた。 「今年も大変だな、がんばれよ、涼宮係」 誰かさんみたいなニヤケ顔で話しかけるな。 というかいつのまにそんな係ができたんだ、おい。 ハルヒが俺を呼んだ理由はなんとなく予想はつく、おそらくだが。 だがそのおそらくというは当たったらしい。 俺将来占い師にでもなるか? なんて馬鹿なことを考えてもみた。 なにもない始業式後のホームルーム。 ハンドボールバカの岡部が再び俺たちの担任だ。 自己紹介もつつかなく終わり、この日のクラスでの活動は終了した 放課後、俺はかつて文芸部の部室だったドアの前でノックをした。 俺が毎日律儀にSOS団を訪れる目的の8割を占める人物に粗相がないように、だ。 「どうぞ」 天使の声が俺のノックに答える。 ドアを開けてまず目に飛び込んできたのは、我らがSOS団に所属するマイスウィートエンジェル、朝比奈みくるさんだ。 俺が部室に入り自分の定位置に座ると、満面の笑みで 「はい、どうぞ」 とくんだお茶を持ってきてくれた。 「ありがとうございます」 満面の笑みで答える。 たぶん朝比奈さんがいないと俺はとっくにハルヒによって精神病院送りにされてたね、断言できる。 一つ年上の受験生にも関わらずいまだに中学生と間違えそうな魔性の笑顔、たまりません。 ここで気がついた、今日はまだ正文芸部であっていつもは部屋の付属品のようにじっと座って本を読んでいた人物、 長門有希が来ていなかった。 珍しいこともあったもんだ、明日は雨か? 少なくとも背筋の凍るような事件だけはご勘弁願いたいものだ。 いや、ほんとに。 この時はまだ、冗談半分でそんなことを思っていた。 カチャリとドアが開き、古泉一樹が現れた。 「こんにちは、ここではお久しぶりと言った方がしっくりきますかね?」 そんなに長い間会ってないわけないだろう、ハルヒから春休み毎日呼び出しくらったじゃないか。 「まぁそうなんですが、新学期に入ったのでそれなりの言葉を変えようかと。」 そんなことをする必要はない。 それならその笑い方を変えてくれ、見ているだけでいまいましい。 「おや、珍しいですね、今日はまだ長門さんは来てないのですか。」 まったく笑顔をくずしていないことから、何かの事件に巻き込まれているということはなさそうだ。 古泉の機関から見える範囲では、だが。 「今日はバックギャモンでもどうかと」 そう言ってボードを取り出し、俺の前に広げた。 相変わらずのゲームフリークだな、おい。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 朝比奈さんから受け取ったお茶を飲みながら、ダイスを振ってゲームを開始した。 ここまではいつも通りだ。 ああ、少なくともこのときまでの話だがな。 「やっほぉ♪みんな来てるー?」 SOS団にいる時しか見せない極上の笑顔を振りまき、ハルヒは登場した。 「…あら?」 すぐにハルヒの笑顔がしぼんだ。 一人だけいるはずの人間がいなかったからだ。 長門のことである。 「…何かの用事かしら?何か聞いてる?古泉君」 「いいえ、残念ながら。」 何が残念なのかよくわからない。 というかなぜ俺には聞かない? 「あんたと同じクラスの私が知らなくてあんたが知ってるなんてことないでしょ」 勝手に決め付けるな、まぁそうなんだが。 「まぁいいわ、そのうち来るでしょ」 俺が遅刻したらそんな悠長なこと言わないくせに 「あんたと有希じゃ立場が違うの、わかるでしょそのぐらい」 長門は俺と同じでヒラだった気がする。 というか正確には文芸部だろう。 俺の記憶が間違っていなかったら、だがな。 「新入生勧誘」 そう黒板にでかでかとハルヒは書いた。 俺の予想通りになったね、この時期のイベントはそれしかないと思うから。 「どんな方法でもいいわ、とにかく団員を集めるの!」 お前なら去年朝比奈さんを強引に入団させたようにすればいいんじゃないか? 「SOS団に必要不可欠な人材ならそうするわ」 お前にとって必要不可欠な人材の定義は一体何なんだ? 両親がいなかったりIQがめちゃくちゃ高かったりとかか? 「そんなの人目じゃわかんないわよ、みくるちゃんだって何度も厳選した結果つれてきたんだから」 初耳だ。 まあ確かに朝比奈さんは我が団に必要不可欠な人材と言っていいだろうな。 ちなみに俺は不安を抱えていた。 ハルヒの不可思議な能力でまた誰か不思議な能力を持つ人間が現れるんじゃないか、と 俺のその不安を確実にするかの様に前に、部室のドアがあいた。 もうちょっと俺を休ませてくれてもいいだろうよ、現実さんよ。 そこにいたのは長門有希、ボブカットを更に短めにしたような短く灰色の髪で、いつもは部室の隅で黙々と本を読んでいる人物だ。 しかし長門は一人じゃなかった。 後ろにいたのはまだ中学生の面影がほんのり残っている男子生徒、おそらく新入生だろう。 そして長門から出た第一声は 「入部希望者」 ハルヒの顔がみるみる輝いた。 しかし俺は気づいていたね、新入生はまだSOS団なんて存在は知らないはずだから。 かわいそうに、こんにちは、ハルヒの毒牙の餌食第一号君。 「ただし文芸部の」 予想外、といえば予想外だったね。 ハルヒのあんな複雑そうな顔を見たんだから。 わかるよ、その気持ち、だが俺は今この新入生に対する同情のほうが勝っているんだ。 この少年は文芸部に入りたくてここに来たんだろう。 おそらく長門のことだから、 「文芸部に入りたいんですが」 「そう」 ですませてしまったに違いない。 かわいそうにかわいそうに、今この学校に文芸部はもう無いに等しいんだ。 ここで一つの疑問にぶつかる。 SOS団の存在を知らなかったのは思いつくが、どうして文芸部の存在を知っていたのか、ということだ。 まぁその理由は簡単なことだ。 あとで説明するのもおっくうだから今まとめて説明してしまおう。 彼は二月に学校見学でここを訪れていたらしい。 そしてその二月に俺達SOS団がやっていたことといえば、そう思い浮かぶ人は思い浮かぶだろう。 生徒会がSOS団に宣戦布告をしてきたのだ。 まぁこれも古泉じるしの暇つぶしイベントだったのだがな。 文芸部の存在意義なないために部室の引渡しを要求してきたのだ。 そのために俺達はハルヒの命令で機関紙を発行し、それでなんとかまるく治めたのだ。 実はその機関紙を置く時期が学校訪問に重なったらしい。 考えてみれば簡単なことだ。 あんな中身のバラバラな機関紙がなぜ簡単に二百部も完全に配給されたのか、 訪問していた人間の何人かが持って行ったらしい。 ごめんな、俺にも責任の一端があったらしい。 でも俺はあいにくその責任を果たす方法を持ち合わせてないんだ。 その機関紙でこの学校の文芸部に興味を持つ、なんてかなり変な思考の持ち主であることは否定できない。 実際かなりの変わり者だったからだ。 髪は綺麗な黒で、男子の髪の毛とは思えないつやを放っていた。 少し長めで、長門とハルヒを足して二で割ったような長さだ。 そして前髪は鼻まで伸びていて、目が半分隠れている。 表情が読みづらい、読みづらい、読みづらい。 体系は普通、国木田に似ている。 一通り説明したあとの彼のセリフに俺は驚愕したね。 誰だってそうだと思うぜ? なんだったら賭けてもいい。 「んじゃSOS団に入っても、いいですか?」 正直何を言ってるのかと思ったね、説明が足りなかったのか? あの会誌はここにいる涼宮ハルヒが作って文芸部に寄生しているSOS団というわけわからん団体が作ったものだ、 という説明じゃ足りなかったかもしれない。 だが俺は丁寧にも、SOS団がどういう目的で作られたのか、ここにいる涼宮ハルヒの理不尽さ、わけのわからなさ、 その全てを説明したはずだ。 俺の記憶が間違っているか? それとも… そのもう一つの予想が的中した 「だって、そっちのがおもしろそーじゃないですか!」 男子のくせに声がアルトだ。 彼はやけに女の子っぽい声でそう叫んだ。 めまいを覚えたね、だってそうだろう。 ハルヒだけならどうにかなる、実際今までそうだったからな。 だけど俺は二人もハルヒが出てくるなんて思ってもみなかったぞ。 勘弁してくれよ。 頭をかかえた俺を尻目に、ハルヒが後輩に近づく。 「あんた、わかってるわね」 何をだ、何を。 「人生の楽しみ方よ!」 あえて言おう。 「お前の人生の楽しみ方を一般人の人生の楽しみ方をごっちゃにしないでくれ」 「うるさいわね!いいじゃない!”そっちのほうがおもしろいじゃないの!”」 デジャブ、こういうときに使う言葉なんだろーな。 「あんた、名前は?」 「えっと」 チラッと長門を見た、なぜだかその時は気にもしなかったが。 「小山アキツキです」 「アキツキ君、じっくりよーっく、人生でこれ以上もないってぐらい考えるんだ」 何を?という顔で俺を見ている、純真無垢という言葉が似合いそうだな。 「夏休みを毎日毎日休みなく五百年分の遊びを体験させられたり、 変な映画の変な役割をさせられたり、冬休みに催眠にかけられたりしたいのか?」 ピクリ、とハルヒが何かを言いたそうな顔で俺をにらむ。 「あー、えーっと、でも、たのし、そうだな、と」 まぁ楽しかったことに異論は唱えない。 しかしそれ以上に疲れる、疲れることこのうえない。 恐らく八割の人間は後悔するだろうし、二割の人間は諦めるだろう、どうにでもしろよ、と。 俺は後者だがな。 「いいじゃない、本人が望んでいるんだから。 よろしくね、小山君」 そうしてSOS団六人目の団員が入部した。 長門が少し複雑そうな顔をしていたのは別の話。 まいどのことながら、やれやれ、だ。 もう、好きにしろよ。 たった一人の進入部員のおかげでハルヒの進入部員強奪大作戦はどうでもよくなったらしい。 「だってみくるちゃんだって三年ではたった一人じゃない」 三年と一年を一緒にするな。 もし朝比奈さんが上のほうの大学を目指すんだったらこの時期から勉強してなきゃいけないんだぞ。 まぁ俺にはわかってる、朝比奈さんが受験をする必要のないことぐらい。 それまでには未来に帰ってしまうだろうから。 まぁたとえハルヒと同じ大学にいくことになっても古泉や長門がどうにかしてくれるさ。 ここで俺は口走ってしまったが、そう、朝比奈みくるは未来の人間なのだ。 今この時から三年前に起こった時空振の理由を知るために過去に来て、そこで得た新たな仕事がハルヒの監視だったのだ。 今ではハルヒのおもちゃにされ、毎日毎日健気にもメイド服に着替えるというハルヒから押し付けられた仕事を全うしている。 他の団員にも、もし実際に経歴書に書いたら即座に精神病院に担ぎ込まれそうなプロフィールがある。 長門有希。 宇宙に存在する統合思念体が人間との接触用に作り出したインターフェイス。 長門が自称するには、宇宙人が製作したアンドロイドのようなものらしい。 古泉一樹。 自称超能力レンジャーの一員で、閉鎖空間という微妙に信じがたい空間で青い巨人と戦うことのできる少年だ。 いつも笑顔でニコニコし、俺をムカムカさせる。 極度のゲーム好きで、俺とよく遊ぶ。 だが九割方俺の勝ちだがな。 ハルヒの感情を感じることが可能らしい。 そして涼宮ハルヒ。 俺が奇妙奇天烈な体験をすることになった全ての元凶であり、わがままで他人の意見なんて聞いたこともない少女だ。 いまだに宇宙人、未来人、異世界人、超能力者との邂逅を望み、走り回る。 しかも困ったことに、自分の思ったとおりに世界を変える能力を持つらしい。 朝比奈さんからは時空のゆがみ、長門からは自律進化の可能性、古泉からは神とまで呼ばれた超少女だったのだ。 黙ってりゃ正直かわいい。 だが、そろそろ俺を落ち着かせてほしいと思うのだがな。 当分無理な願いか。 そして新たに入団した小山アキツキ。 髪の毛は切るのがめんどくさいという風に前髪は鼻まで伸び、そのせいで目が隠れて表情が見づらい。 だが、大して髪の毛に気を使ってなさそうに見えてかなり綺麗なツヤを放っている。 正直鶴屋さん並だ。 口調は子供。発想も子供。体格は少し小柄だ。 ハルヒを男にしたらこんな感じというなのを予想してくれたらいいだろう。 まぁハルヒと違って俺達年上には敬語を使ってくれるからまだいいが。 さて、ここでいったん話は途切れる。 いつもどおりの感覚で一ヶ月は流れた。 後輩が一人増えたからといっても俺の仕事は減らず。 むしろその後輩の世話をやく分増えた気がする こいつは男ハルヒなだけでなく男朝比奈さんみたいなドジらしい。 せめて俺の手は煩わせないでくれよ? 男ハルヒと言っても、さすがに常識は身につけているようだ。 無茶なことは言い出さずに、様子を見ているようにおとなしい。 初めて入団した時に俺を驚かしたような、 「だって、そっちのがおもしろそーじゃないですか!」 な発言とは裏腹に、おとなしく古泉の隣でひたすらノートにシャーペンを走らせている。 俺や古泉がノートを覗こうとするとまるで母親に勉強していると見せかけてゲームをしていたのがバレたみたいな顔をしてノートを隠す。 余計に気になるじゃないか。 まぁ、予想はつくがね。 元々文芸部に所属しようとしていたんだ、小説の一つでも書くだろうさ。 ただ問題なのは、こいつが時折長門をじっと見ているんだ。 まさか長門が主人公の小説か。 そんなことを考えている時だった。 一週間後にはゴールデンウィーク。 ただしスケジュールはハルヒと古泉のせいで暇などない。 そして新入部員の小山にとっては初めての合宿である。 一週間後の荷物持ちをしている自分を思い浮かべて、俺は心底うんざりしながら、放課後の部室へと急いだ。 朝比奈さんは今日は用事で来れないらしい。 余計に肩が重く感じるぜちくしょう。 朝比奈さんがいないからノックする必要もないだろう。 そう考えて部室のドアを開いて俺は心底驚いた。 長門と小山が向かい合って会話している。 おいおい、お前が一般人と真面目に会話しているところなんて多分初めて見たぜ? もちろん俺を除いて、だが。 「あ」 驚いたのか小山は小さく声を上げて俺を見た。 なんだ?例の小説の話か? 「よう」 ごまかすように俺は声をかけた。 いかにも気にしてませんよ、という具合にだ。 「あ、こんにちゎ」 前から思ってたが変なしゃべり方だなおい。 長門は小山の前に座っていたが、いつもの低位置に戻り本を読み始めた。 思えばこの時に思い出すべきだったのかもしれない。 そう、たとえばSOS団の部員は全員まともなプロフィールではなかったこととか、な。 今回の合宿は事件を推理するのが目的ではありません」 翌日、古泉は部室で俺に語った。 ハルヒにはもう伝えてあるという。 朝比奈さんは今日も休みで長門は本を読んでいる。 小山はいつものようにノートの落書きを楽しそうに書いている。 「そんで?今回は何をたくらんでる。」 俺は小山に聞かれないように声を潜める。 古泉はいつもの笑顔を崩さずに言い放った。 「冒険ですよ」 古泉の言うことには、今回は未開の無人島なのだという。 「もちろん、宿泊には困らないように施設は建てさせていただきましたよ」 その話を聞くと今年のゴールデンウィークのためだけに建てたような口ぶりだな。 「ええ、そのとおりです」 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。 お前のいる機関のバックアップはなんなんだ。 「鶴屋さんのところですね」 ああ、そうだったそうだったすっかり忘れてたぜ。 機関と鶴屋さんの家は繋がってるんだったな、そういえば。 「しかし未開であるために何がいるかわかりません」 「事前に調べたりはしないのか?」 「ええ、今回のそれは涼宮さんの提案です」 「何か危険なものがいたらどーすんだ?」 「そんな質問は無意味であることをあなたは知っていて聞くんですね?」 「心の準備ぐらいは欲しいだろう」 古泉はニッコリ笑って、 「まぁ同感です。ですが私もたまには思いきり楽しんでみたいのでね。 去年の夏と冬は私が仕掛けをしましたから、今回は純粋に活動を楽しませていただきます。」 「じゃあ危険が迫った時は思いっきり頼らせてもらうぞ」 「わかりました」 そう言い終わるかどうかのところでハルヒが来た。 「今年のゴールデンウィークは楽しみだわ! 今年は去年よりははるかに充実できそう」 それはSOS団がなかったからだろう、という俺のつっこみはまぁおいといて。 その日は当日の話をしながら締めくくった。 古泉と小山と涼宮はあっというまにいなくなった。 俺もすぐに帰ろうとした、が 「これ」 いつのまにか俺の背後にいた長門が俺に本を渡した。 心臓に悪いから気配を殺して後ろに立つのはやめてくれ。 そういえば気配というのが最初からこいつにはなかったか? 「帰ったらすぐ読む」 「そう」 長門はそう言って荷物をまとめ立ち去った。 もちろん本には栞らしいものがはさまっている。 予想はついていた、栞をめくると長門の手書きで書かれたかどうか疑わしいほど整った文字が連なれていた。 『午後七時、あの公園で待つ』 了解した、長門 家に帰ってすぐ栞を確認した俺は、即効で六時半までに飯をたいらげ、自転車をこいでいた。 目的地は、そう、長門が俺に宇宙人であることを明かした晩の、あの公園だ。 いやな予感はあまりしない。 少なくともまだ、の話だが。 俺が視界に入ると同時に長門は立ち上がった。 ここまでは前回と全く同じだった。 「ふう」 俺は自転車から降りて長門に尋ねる。 「どうした?何かあったか」 「………こっち」 長門は俺を案内する。 行き先は考えるまでもない、長門の部屋だ。 「入って」 玄関を開けてそう言うと、長門は部屋の中へ入っていった。 俺は長門のあとに続いて中に入った。 前回より少しだけ物の増えた部屋。 それでも長門らしく生活感の感じない部屋。 これで相手が宇宙人じゃなかったら、一般男子の俺は緊張してしまうだろう、実際一年前はそうだった。 俺がいつもの低位置に座ると、長門はお茶を入れてきた 「今日は何の話だ?」 俺は公園で尋ねたことをもう一度尋ねた。 とりあえずそれを聞いておかないとどうしようもないから、な。 「小山アキツキ」 「小山がどうした」 「彼について様々な情報が錯綜している」 …なんだって? 「簡単に言うならば、正体不明」 長門が理解不能であるってこと、それすなわちアラームレベル7以上だ。 今まで長門が理解不能だったことといえば、去年の世界改変のバグや雪山での遭難が思い浮かぶ。 つまり危機がせまってるってことか? 「そうではない」 長門は続ける。 「彼に対する情報が矛盾しているだけ。 今の所はそれで何か問題が起こるのかは不明」 頼むぜ、そういうのはお前が一番理解が早いんだから。 「検討はしている」 「それで、何が矛盾してるって?」 長門は少し沈黙をためて言った。 まるであまり話をするのに気乗りじゃないように。 「彼は今現在この世界にいるはずの人間」 少し言葉が飲み込めなかった。 だがすぐに尋ねなおす、どういうことだ? 「こちらの情報が正確なのならば、彼は数年前に死去している」 宇宙人?未来人?超能力者? いや、おそらくそのどれにもあてはまらないだろうその存在は、少なからず俺に何かを予感させていた。 「彼の正体は現在のところ不明、彼に対する情報が錯綜している」 つまりどういうことだ? 俺は思った言葉をそのまま口にすることにしたよ。 彼は実態を持つ幽霊ってわけか? 「彼を実体を持つ幽霊であると確定するのは尚早」 「ただ現在の所、そう捕らえるのが最も適切かも、しれない」 長門自身、あまりよくわかっていないようだ。 こういう顔も珍しいな。 まぁ特異な存在をことごとく自分の団に入団させてきたハルヒが今の今まで入団させられなかったほどの存在だからな。 「その例は適切ではない」 長門は続ける。 「彼自身の様な特異的な存在が彼一人しか存在せず、そのために年齢という壁が理由で入団できなかっただけかもしれない」 長門は一気に言い放った。 もうちょっと待ってくれ、俺にも理解できるスピードってもんがある。 「実際今彼はSOS団に所属している」 「そうかもな」 しかしなんでもありなSOS団でもハルヒの他にも正体不明な奴がいるってのは少々不気味だなぁ、おい。 「私個人としても、彼から情報を得ようと行動している」 なるほど、昨日二人で会話してたのはそのためか。 「そう」 やっぱりSOS団でまともな人間は俺だけか。 まだまだ俺の仕事は続きそうだな、やれやれ。 正確には俺と長門と朝比奈さんと古泉の四人の仕事、だけどな。 「じゃあ、俺は今日は帰るよ。 お茶、うまかった」 「そう」 「何かわかったら携帯で連絡してくれ、頼んだぜ、長門」 「わかった」 俺は自宅へと自転車を走らせた。 行きは降っていなかったが今は結構強めの雨が降っていた。 塗れたハンドルが異様に冷たく感じた。 ただでさえ涼宮ハルヒのお守りっていう懸案事項があるのに、これ以上増やさないでほしい。 そう俺は考えていた、そのとき。 暗がりから急に現れた影に俺は驚いた。 あやうくぶつかりそうになりハンドルを切った。 が、自転車のタイヤは塗れた道路を滑り、倒れた。 軽く擦り剥いたらしい。 いてえ、急に飛び出すな馬鹿やろう! しかし驚いていたのは向こうも同じらしい。 目を丸々と開けてこちらを見ている。 そんなに目を開くと飛び出すぜ? 「だ、大丈夫ですか?」 聞き覚えのある高めの声。 俺はハッっとして飛び出した人物を凝視した。 長い前髪、高い声、少し小柄な新入生。 今現在の最大懸案事項、小山アキツキが、そこにたっていた 雨なのにかかわらず、傘も差さずに小山は立っていた。 前髪で顔の半分が隠れていたのにも関わらず、その顔は驚いているのがわかった。 口をぽかーんと開けてこちらを見ていた。 「…驚いた」 驚いたのはこっちだ! 雨、しかも夜に傘もささずに横道から急に飛び出してきたんだ。 俺が一秒でも早く来ていたら、断言できるね、俺はこいつに衝突していた。 「いつつ…」 俺はまるでやすりで削られたように痛む腰をあげた。 軽くすりむいてやがる、痛いはずだ。 「大丈夫…ですか?」 「あまり大丈夫じゃないな」 自転車を起こしながら答えた。 カゴの部分が歪んでやがる。 「そ…ですか」 なんか軽く落ち込んでやがる。 だが俺が気にしているのは別に事故のことじゃない。 いや、事故も多少気にしているがな、うん。 「なんで、こんな時間にこんなとこにいたんだ?」 俺は小山を見た。 「………」 三点リーダで答える小山。 それは長門の専売特許だぜ? 「……わかりません」 はぁ? まるで自分が夢遊病患者みたいな喋り方だな。 だが俺は再び小山に聞いた。 今と全く同じ質問をな。 「なんでこんな時間にこんなとこにいる?」 なんで二回もおんなじ質問したんだ俺…… 小山が俺から目を逸らす。 お? 「……俺、」 小山が喋り始めた。 「俺、昔の記憶がないんです。」 「それで、毎夜毎夜、不安になって散歩するんです」 本当のことを言っているのか? 俺はもちろん疑った、だってそうだろ? 近所から貰った子猫が虎の赤ちゃんだったってぐらいのことは覚悟している。 俺にはそれだけの経験があったからな。 「正直に言え」 俺は小山の両肩を掴み、小山の前髪に隠れた目を凝視する。 「ほ、ほんとうです!」 小山は続ける。 「四年前、それ以前の記憶がないんです。」 四年前、そう聞いて思い出すのは、そう。 俺がSOS団と出会ってから三年前。 長門にとって情報爆発が起き、朝比奈さんにとっては時空振が起き、古泉にいたっては世界の始まった時。 言うまでもないな? 涼宮ハルヒが何かを起こした瞬間のことさ。 「四年前…俺は体中傷だらけで発見されたんです。 発見されてすぐ、俺は病院に担ぎ込まれました。」 小山は、観念したように自分のことについて詳しく語り始めた。 いきなり喋られたから俺は急いで頭を切り替えた。 「発見された当初は、俺は体中あらゆるところが傷だったらしいです。 生きていたのが不思議なぐらいのことだったらしいです。 顔の判別が、できないほどに。 俺を見つけてくれた夫婦の苗字が、小山だったんです。 あ、アキツキってのは俺自身の名前です。 なぜかそれだけ覚えていたんです。 俺は二ヶ月、ずっと包帯で巻かれていました。 一ヶ月後、顔の包帯だけ外して貰いました。 その時です、俺を助けてくれた夫婦はとても驚いていました。」 小山はそこで一区切り置いて、 「俺の顔は、彼ら夫婦が俺が現れるさらに三年前に失った子にそっくりだったらしいんです。」 なるほどな、長門の言ったとおりか。 死んだはずの人間。 俺は口を開く。 「たまたまそっくりだったってことはないのか?」 数秒間、小山は躊躇するそぶりを見せた。 「まぁ、その可能性も、なくはないんですが」 小山は否定ともとれる発言をした。 「これはあとで知ったんですが、俺のうなじのところにあるホクロが、その彼にもあったらしいです。」 俺は考えていた。 小山は嘘はついていない。 そう感じた。 長門の微妙な表情の変化、古泉の笑顔の変化にすら気づくことができる俺にそれを判別するのはたやすい。 いつのまにこんな微妙な特技ができてたんだろうな、俺。 宇宙人? なんとなくだろうが違うだろうな。 未来人? どちらかと言えば過去の人間だ。 超能力者? 死んだのに生き返る超能力なんて聞いたこともない。 そして俺は最後にもう一つの可能性に行き着いた。 それは涼宮ハルヒと俺が出会ったとき。 そう、クラスでのあの突拍子な自己紹介のことだ。 「東中出身、涼宮ハルヒ」 そう語ったのち。 「普通の人間には興味ありません。 もしこの中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところへ来なさい。」 そう、俺は気がついた、そしてこれが一番しっくりくるだろう。 小山アキツキ、こいつは異世界人だ、ってな。 結局その日、俺は小山と別れて自宅へと帰宅することにした。 別にそれで何か問題が起こるわけでもなさそうだったからな。 もちろん事故には気をつけろと耳にタコができるほど言い聞かせてやった。 どれだけの効果があったかはわからんがね。 もし何か俺がしたことになんらかの効果が出たかわかる方法があったら教えてくれ。 まぁ実際に教えてもらってもリアクションに困るが。 自宅に帰って事故で痛む体をゆっくりと湯船につけた。 そしてシャミセンを部屋の外に放り出したあと、長門の言っていたこと思い直していた。 しかし襲ってきた睡魔に勝てる見込みも無かったし、まぁ勝つ必要もなかったわけで、俺は寝た。 まぁ、懸案事項は別に小山一人じゃないわけで。 俺の頭はもう一週間後のゴールデンウィークの合宿についてに切り替わってた。 今回も小山のことを含めていろいろありそうだ、いろいろと。 おやすみ、夢の中でだけはせめて忘れさせてくれよ?
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2882.html
涼宮ハルヒの約束 「あんたさ、自分がこの地球でどれほどちっぽけな存在なのか、自覚したことある?」 いつだったか、お前はそう言った。 あの時お前の言ったとおり、俺は本当にちっぽけな存在だと思う。 長門や古泉や朝比奈さんのような特別な力なんて、生憎持ち合わせていないからな。 だがハルヒ、お前は違うだろう?お前はこの地球の中心といってもいいくらいの存在だろう? なのに、なぜだ。 涼宮ハルヒは、3年前に息を引き取った。 俺たち普通の人間と変わらず、ハルヒの死は突然に、そして静かにやってきたのだ。 ハルヒのことだ。 もし間違って死んでしまったりしても、きっとあいつの意味のわからん能力かなんかで生き返ってくるものだと俺は思っていた。 今死ぬことをハルヒは望んでいない。必ず生き返ることを望むはずだ。 三年前の俺は、そう確信していた。 だが、ハルヒは戻ってこなかった。 俺はハルヒの死を理解することなどできなかった。 安らかに眠るあいつの顔だって見た。冷たくなってしまったあいつの手だって握った。あいつの葬式にだって行った。墓参りにだって何度も行っている。 何度現実を突きつけられても、俺はまだわかっていない。 俺はハルヒが戻ってくることを信じてやまないのだ。 三年前、ハルヒが死んで、俺たちSOS団はバラバラになった。 朝比奈さんはハルヒが死んだ直後の病院で、泣きながら、しかししっかりとした口調で俺たちにこう告げた。 「涼宮さんが死ぬことは規定事項なのかどうか・・・私には、わかりません。・・・ 何も、わかりません・・・。 でも、一つだけわかることがあります・・・。未来に帰らなければいけないのは、今、ということです。 短い間でしたが・・・本当にありがとうございました。皆さんに会えてよかったです、本当に・・・。 もう会えないかもしれないけど・・・」 涙で詰まったのか、朝比奈さんは一度うつむいた。そして顔をあげ、少し無理矢理な笑顔を作り、 「さようなら」 まっすぐ俺の顔を見ながら言った。 朝比奈さんは、薄暗い病院の廊下をゆっくりと歩いて行った。小さく震えている背中を見届けながら、俺たちは何も言えずにいた。 何か言うべきだったのかもしれないな。だけど、その時の俺の頭には言葉なんてものは存在してなかったように思う。 古泉はハルヒの葬式が終わった後、 「・・・とても残念です。残念としか、言い様がありません。私たち機関はもう能力を使うことはないでしょう。 使いたくても使えない。涼宮さんが居なければ、私たちはこんなにも無力なのですね。何が超能力者だ・・・と。」 長門以上に無言を貫く俺に、古泉は喋り続けた。いつもより力なく、いつものようにうざったいアクションをつけながら。 「機関は解散しますが・・・僕にはやらなくてはならないことがたくさんあります。 ・・・後始末、とでも言いましょうか。」 お別れですね、と寂しげな笑顔を見せながら俺に言うと、どこからともなく黒い車が古泉を迎えにきた。古泉も俺も、お互いに手を振ることのないサヨナラだった。 どこへ行ったのか、後始末とは何なのか・・・俺は何も知らない。あの日以来、俺は古泉に会っていない。 長門はというと、ハルヒが死んだ日以来顔を合わせていない。葬式に顔を出さなかった長門を俺は不審に思い、その帰りに長門の家に寄ったのだが、部屋は既に蛻の殻となっていた。 あいつも、情報統合思念体とやらのところに帰ってしまったのだろうか。 そうして俺は一人になった。 高校を卒業し、今は大学生だ。普通レベルの大学に合格し、一人暮らしをしながら普通の毎日を送っている。 ハルヒと出会う前のような、フツーの日常を。 友達だってそれなりに居るし、今、彼女だって居る。傍から見れば充実した毎日を送っている。 でもな、ちっとも楽しくなんてないんだよ。 朝比奈さん、長門、古泉・・・そしてハルヒ。 お前らが居ない毎日が楽しいわけなんてないだろうが。 一日たりともお前らを忘れた日なんてないさ。 こんな日常・・・あまりにも普通すぎて、一人で不思議探索にでも出かけたくなるほどなんだ、ハルヒよ。 寂しいじゃねーか。 俺を一人にしないでくれよ、ハルヒ。 お願いだ。 戻ってきてくれよ、ハルヒ―――。 静かな部屋に、携帯のバイブ音が響く。 一人物思いに耽っていた俺は、その音にびっくりし体を一瞬震わせた。 急いで携帯を取ると、画面には彼女の名前と番号が表示されていた。 「ああ、俺だ。どうした?」 『ねぇ。もちろん明日、空いてるわよね?ちょうど休みだし』 「明日?・・・ああ、別に用事はないが。明日がどうかしたのか?」 『・・・冗談でしょ?覚えてないの?明日は半年記念日じゃない』 「ああ・・・明日で半年だったか、すまないな」 『・・・記念日、覚えてくれてたことなかったよね・・・』 「・・・すまん」 『・・・まぁいいわよ。半年記念日前に喧嘩なんてしたくないもの。』 「ああ・・・すまんな。・・・明日はどうする?」 『キョンの家、駄目かな?』 「ああ、そうしよう。午後、適当に来てくれよ。じゃあな。」 電話を切り、俺はため息をついた。 明日で彼女に告白をされて始まった交際も半年になる。 断る理由が特に無かったから付き合っただけで、別に俺には好きという感情がなかったりする。 彼女はしょっちゅう俺に会いたいと言う。きっと彼女の方は俺の事を愛してくれているのだろう。 でも、俺が彼女に会いたいと思う時は、俺の中の男が女を求めた時だ。 我ながら最低だと思う。 ハルヒだったらこんな俺になんて言うだろうか。 引っ叩かれる・・・いや、それどころじゃ済まないだろうな。 俺は不意にカレンダーを見た。 今日は7月6日、明日は7月7日だった。 七夕・・・か。 次の日、午後2時過ぎに呼び鈴が鳴った。彼女だ。 「おじゃましまーす」 「ああ、ちょっと散らかってるけど気にしないでくれ」 俺がそう言うと、これのどこがちょっとなのよ、とぶつぶつ言いながら彼女は部屋を整理し始めた。 あんまり動かしてほしく無い気もするのだがな、片付けるのは確かに面倒なので俺はしばらく何も言わないでいた。 彼女の片づけている手が男の秘密ゾーンに伸び始めたところで声をかけ、片づけを中断させる。 そうすると彼女は思い出したような表情をし、カバンをがさごそとあさりはじめた。 「はいキョン!この本、読みたがってたじゃない?今日寄った本屋でたまたま見かけたから買ったのよ。」 「おお、ありがとうな」 「読んだらあたしにも貸してよね」 本を受け取ると、彼女はゆっくりと俺の体に腕を絡ませる。 俺たちはその状態のまま少し他愛の無い話をしていたが、しばらくすると彼女の唇が 近づいてきたので、俺はそれに答えようと本を置いた。 ―――その時、本からしおりのようなものがハラっと落ちた。 しおり・・・ まさか、長門か? 「待った!」 「わっ!!何!?」 少し大きな声を出し、彼女の体を強引に剥がすと俺は急いでしおりを拾った。 ぶつくさ文句を言っている彼女を尻目に、俺の目はしおりに書かれた綺麗な明朝体を 認識する。 あの公園で待っている 長門だ。 こんなやり方は長門しかありえない。 長門に違いない。そう思いたいのだ。ただの偶然のいたずらなら暴れるぞ。 とにかく、これは長門からのメッセージであり、あの公園とはあの公園だ。 俺の脳裏に、ハルヒがよぎる。 「なによ・・・どうしたの?なにそれ」 「すまん、たった今用事ができた」 「はあ?ちょっと何言って・・・」 「悪い、埋め合わせは今度する!家を出なくては」 「ちょっと、何よわけがわからないわよ!」 彼女の荷物を拾い、強引に手を引いて家を出る。わけがわからないであろう彼女は懸命に俺を引きとめようとするが、湧き上がる感情でいっぱいだった俺は、彼女が納得できるような上手い理由を考えることなどできるわけがなく、そのまま自転車に飛び乗る。 終いにはものすごい剣幕で怒鳴ってきた彼女に、俺は「本ありがとう」とだけ告げ、 ものすごい馬力でペダルをこぎ始めた。 一人暮らしをしている今、あの公園はそんなに近くなく、三駅ほど離れていた。だが、電車を待つ時間は今の俺にとって普段の100万倍増しに苦痛だったからな。 今までこんなに早く自転車を飛ばしたことがあっただろうか。 ペダルの回転が速すぎて足が空回りしそうになりつつ、俺は公園の入り口を急カーブで突っ切る。 ベンチに目をやる。 そこには、紛れもない長門の姿があった。 あまり変わってはいないが、少し大人びたように見える長門が俺を待っていた。 「・・・長門ッ!!」 俺は半ば転ぶようにして自転車から降り、荒い息で長門の名を叫ぶ。 「・・・久しぶり」 そんな俺の叫びにも動じない、三年前と何も変わらない淡々とした声。そして三年前と何も変わらない深海を切り取ったかのような瞳が俺を見つめる。 俺はなんだかひどく安心し、そしてひどく懐かしさに襲われた。不覚にも涙が出そうになる。 「長門・・・お前・・・今までどこで何してたんだよ」 「言語化できない。それより、私は今あなたに話したいことがある。だからここへあなたを呼んだ。」 「おう、なんだ?」 長門は淡々と続ける。 「異空通達情報振動が観測された」 「なんだそれは。ハルヒか?」 「そう。地球でも宇宙でもない場所からの涼宮ハルヒの意思情報振動が宇宙で観測された。その振動はもうすぐ地球にも到達する」 「どういうことだ!?もっとわかりやすく説明してくれ!ハルヒが戻ってくるのか!?」 俺は今ほど長門の難しい言葉と俺の簡単な構造をした頭に腹が立ったことはないだろ う。長門の難しい言葉を理解できるのは古泉ぐらいだろうけどな。 長門は続ける。 「宇宙では涼宮ハルヒの意思情報しか観測されなかった。しかし彼女が暮らしていた地球でなら意思を具現化しやすい。宇宙よりより明確な異空通達情報振動が観測できる可能性がある。 私はそれを調査しに地球へと戻ってきた。でも、異空通達情報振動が観測されたということをあなたに伝える判断を下したのは私の意思」 「なんなんだよ、その異空なんたら情報振動ってのは」 「簡単に表すとするならば、メッセージ、と呼ばれるようなもの。しかし、宇宙で観測された異空通達情報振動は言語化することはできない。」 ・・・つまり、俺の簡単な構造をした頭で解釈してみると、ハルヒメッセージがどこか異世界から発信され、それがもうすぐ地球にも伝わる、ということだろう。 「わかった。じゃあ地球でなら、ハルヒのそのなんたら振動も俺が理解できるものになってる可能性がある、ということなんだな?」 「そう。そして、その異空通達情報振動は、あなたへ向けて発信された可能性が高いとされている」 涙が出そうになる。 ・・・俺をどこか遠いところから見ていてくれていたのか? そして、俺にどんなメッセージがあるというのだ。 ハルヒ。 「到達は、今日の夜頃になると予測されている。しかしどんな形であなたに伝わるのかは予測できていない。そしてそれがあなたに理解できるものなのかは保障できない」 「ああ、それでもいいさ。俺は待ってみる」 「そう」 「ああ。」 そして沈黙。 その沈黙を利用して、俺は気持ちを落ち着かせる。 心臓がうるさい、ええい黙れ。落ち着いて考えるんだ。俺。 いや、なれるか。俺はずっとずっとハルヒを待っていたんだ。なれるはずがない。 「・・・ありがとう、長門。」 「・・・いい。私は、しばらくは三年前利用していたマンションで調査をする。」 「わかった。・・・じゃあ、また会えるんだよな?・・・長門」 まっすぐに俺を見ていた長門の目が、ほんのわずかだが揺らいだような気がした 「・・・会える。私という個体は、あなたに会うことを楽しみとしていた。そして、今ここで再会することができて嬉しく思っている」 「ああ、俺もだよ長門。」 ああ、俺は今相当普通じゃないんだろうな。 長門の目が、ほんの少し潤んだような気さえした。 「じゃあ、今日は帰るよ。また明日、お前に会いに行くよ。話したいことがいっぱいあるし、お前がどうしていたのかも聴きたいからな。 ただ、今俺の頭は爆発寸前なほどやばいみたいだ。一人になって頭の中整理してみるよ」 「そう」 「ああ。本当にありがとうな、長門。」 長門の頭を撫でてやる。なんだか、今のこいつを見ていたら無償にそうしてやりたくなった。 「・・・・・・・・・じゃあ」 「ああ、また明日な。」 長門はなんだか機械的に背中を向ける。俺は長門の背中が見えなくなってから、乱暴に放置していた自転車を持ち上げた。 少しずつ日が暮れる。 俺は家で一人、窓の外を見ながらぼんやり思い出に浸っていた。 一つ一つ思い出していたんだ。SOS団で過ごした毎日を。 何度も繰り返し頭の中で再生した変わることのない映像も、なんだか今日は違ったものに思えた。 あんなことも、こんなこともあったよな。そうして一つ一つ思い出しているうちに、少しずつ視界がぼやけていく。 ・・・くそ、今日はなんだか涙腺が緩いみたいだな。 俺の頬を冷たい水が伝う。 最近はやっと涙を流す回数が減ってきたっていうのに。 お前が今、すごく近くに居るような気がしてならないんだよ、ハルヒ。 一粒、また一粒と目からこぼれていく。 俺はお前に会いたい。 そして、あの頃は素直になれず、気づくことのできなかった気持ちを、お前に伝えたいんだ。 俺は――――・・・ その時だった。 俺の頬に、暖かく懐かしい、そしてこの世で一番愛しく感じられるような手が添えられた。 ゆっくりと優しく俺の涙を拭う。 ―――俺の目の前に今、確かにハルヒが居る。 「・・・もう、泣かないの。バカキョン」 ハルヒは俺の涙を優しく拭い続け、そっと笑った。 「・・・ハルヒ・・・」 「キョン・・・会いたかったの・・・ずっと・・・ずっとキョンに・・・」 ハルヒは、あの頃と何も変わらない姿でそこに居た。しかし、俺の記憶に残っているどんなハルヒの笑顔よりも穏やかに笑っていた。 「ごめんね・・・突然居なくなったりして。・・・あたし、ずっとアンタを苦しめてたのね。・・・あたし、普通の人間なんかじゃなかったのにね。死んでから知ったわよ。 それなのに、あたしあっさり死んだりして、あんたを苦しめたりして・・・」 「ハルヒ・・・俺・・・」 言いたいことや言わなければならないことがたくさん俺の喉へと上ってきて、言葉にならない。上手く言語化できない、とはこのことだな。 ふっ、と小さく笑いを漏らすと、今度は1000万アンペアの輝きを持つ笑顔を見せた。 「いいのよキョン!わかってる。アンタのことなんて全部わかってるんだから!・・・本当よ?」 「ハルヒ・・・俺ずっと・・・ずっとハルヒに・・・」 だめだ。涙で詰まって声さえ出すのが難しくなってきた。 俺はしばらく自分を落ち着かせようと必死になっていた。そんな俺を、ハルヒはとても優しい目で待っていてくれた。 反則だろ。泣き止めるわけないじゃねぇか、こんな状況。 やっとのことで喋れる状態になり、今度は俺がハルヒの頬にそっと手を添える。 すると、今度はハルヒの大きな目から涙がこぼれた。 バカハルヒ。同じように涙を拭ってやる。 そして、大きく深呼吸をする。 「ハルヒ・・・ずっとお前に会いたかった・・・俺はずっと・・・きっと初めて会った日から・・・」 俺は、 ずっとハルヒに伝えたかった言葉を今――― 「好きだ」 そうはっきり告げて唇を重ねる。 あの時、閉鎖空間でキスした時よりも、きっと俺は、その、色々と上手くなっているはずだった。大人のキスのやり方だって知っている。 なのになんでだろうな・・・俺はあの時のように、不器用に唇をぶつけることしかできなかった。 でも、なんでもよかった。そんなことどうでもよかったんだ。 俺の腕の中に、今確かにハルヒが居る。 ずっと会いたかった、ずっと待ち続けた、誰よりも愛おしいハルヒが居るんだ。 今、ここに確かに・・・ 唇を離す。 開かれたハルヒの目から、また一筋涙がこぼれる。 俺が拭う前に、ハルヒは自分で目をごしごしとやると、また穏やかに笑ってくれた。 俺もそれに答えて笑ってみせる。 そしてハルヒは笑顔のまま喋りだした。 「あのね・・・キョン。あたし、今はここの世界にずっと居ることはできないの」 俺は笑顔を一瞬にして保てなくなった。 それでも、ハルヒは続ける。 「でもね、大丈夫。あたしたちはまた会えるの。絶対よ。あたしは今ね、アンタとまた一緒になるために向こうで頑張ってるのよ。 何をしてるのとか、向こうってどこなのかとか・・・それは、うん、そうね。また会えたときにゆっくりたっぷり話すからさ」 「俺はお前とずっと一緒に居たい。もう置いていかないでくれ」 俺の言葉に、一瞬ハルヒは声を詰まらせる。 「・・・ごめんね。でも・・・ほんとに、また会える日がくるから・・・。あたしのこと、信じて・・・キョン」 また涙がこみあげそうになる。俺は顔を歪ませて必死に堪える。 「大丈夫だよ。アンタは今日、ここであたしへの気持ちを忘れるから」 「忘れるわけないだろうが。何言ってるんだ」 「あたし、今この世界では一つしか力が使えないのよね・・・。その力で、アンタのあたしに対する恋愛感情を消すの」 俺はハルヒが言い切る前に力強く抱きしめた。もうまともに顔が見れねぇ。何を言ってやがるんだ、こいつは。 「だめだ。ばかなことはやめろ」 「大丈夫よ。あたしと過ごした記憶は消えたりしないわ。ただ、今までみたいに苦しませたりしないから・・・」 「お前が好きなんだ」 「キョン・・・」 ハルヒが俺から離れる。 「あたし・・・そろそろ、行かなくちゃ」 「・・・ハルヒ・・・ッ」 ハルヒの体が一瞬透ける。 堪えていた涙が、堤防を破壊して一気に流れ出す。 「キョン・・・あたしも・・・アンタのことが好き・・・。それはずっと変わらないから。ずっと・・・永遠に」 ハルヒがどんどん薄れていく。耐え切れず俺は、ハルヒの両手をぎゅっと握り締める。ハルヒはそれに答え、俺と指を絡ませた。 「ハルヒ!」 「キョン、大丈夫よ!アンタは幸せになれる。今まで辛い思いしてた分、ちゃんと笑って暮らせる未来があるんだから。 そして、あたしたちはまた会えるの。約束するわ。あたしのこと・・・信じて」 ハルヒの笑顔が、消えていく――― 「さよなら、またね、キョン。・・・ありがとう」 ―――・・・ ハルヒが死んで5年。 そして、ハルヒと再会してから2年が経った。 俺は21歳を迎える。 そして、今長門と一緒に居る。 長門と、そして長門と共にある新しい命と一緒に、だ。 出産はもう間近だ。その時に備えて、今俺達は二人病室に居る。 あれから、ハルヒと再会してから、長門は普通の人間になることができたという。 そして俺たちは毎日のように会い、そして今、こうして二人で暮らしている。結婚式は2ヶ月前にしたばかりだ。 結婚式には、なんと古泉や朝比奈さんまで来てくれた。古泉も朝比奈さんも多くを語ってはくれないが、今は月に一度程度、4人で顔を合わせている。 きっと二人もハルヒに会ったのだろう。 俺は幸せだった。 長門が居て、古泉や朝比奈さんも居て。 ハルヒが言ったちゃんと笑って暮らせる未来が、今ここにあった。 ただ、ハルヒが居ない。それが足りないだけだった。 「・・・今日は、七夕だな」 今まで沈黙を続けていた病室で、俺はつぶやいた。 長門はふいに、ゆっくりと顔をあげる。そしてそのままゆっくりとカーテンを指差した。 「・・・空」 「・・・?・・・なんだ、天の川でも出てるのか?今日は晴天だったが・・・」 こんな所じゃ天の川なんて拝める程の星は見えないぞ、そう言い掛けながら俺はカーテンを開けた。 そこには、無数の星。 天の川ではない。その星達は、綺麗な幾何学模様を作り上げていた。 「・・・これは・・・」 呆気に取られる俺に、長門はぽつり、と言った。 「『私は、そこに居る』」 その言葉の意味を、俺は一瞬で理解した。 実はな。 俺はやっぱり最低な男みたいだ。 あれから・・・ハルヒと再会した時から、俺の気持ちは変わったりしていない。 今でも俺はハルヒのことが好きだ。 いや、もちろん長門のことだって同じくらい愛しているさ。 あの時、ハルヒは俺からハルヒへの想いを消さなかったってことだ。 何でかって? それは、長門が人間になることができたことを思えば、答えは簡単に出る。 俺は今最高に幸せだ。 ハルヒが言ったように、俺はちゃんと幸せになれたんだ。 ハルヒが嘘をついたり、約束を破ったりすることなんて一度も無い。 あいつは全て有言実行する奴だからな。 そう、 だから今、 俺はあいつが言ったように、ハルヒと再会することができている。 もう7歳になる俺の娘。 俺と長門の子供だ。 黄色いカチューシャをつけて、今、テレビの前に座っている。 うさんくさい番組だ。あんなのをUFOなどと呼んで誰が信じるんだ。下手したら飛行機を画質の荒いビデオカメラで撮影したものの方が世間には受け入れられると思うぞ。 ばかばかしくてため息が出そうになう番組だが、俺はチャンネルを変えたりしない。 そして前言を撤回する。信じる奴だって居るんだよな。今ここで、熱心にテレビに食いついている俺の娘がその一人だ。 最初から最後まで「フィクションです」と言わんばかりのインチキ映像を見せられ、ようやく番組が終わったところで、ずっとテレビに向いていた顔が俺に向いた。 大きな目をぱちぱちと瞬きさせて、100万ワットの笑顔で俺に言うんだ。 「ねぇキョン、宇宙人って居ると思う?」 俺の答えは決まっている。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1021.html
第一章 新しいクラスが発表されるのは始業式の後なのでもちろんここで言う教室というのは1年のときの教室である。 ハルヒはもう教室で憂鬱げなというよりは疲れているような顔を浮かべていた。 どうかしたのか?と聞いてみると「何でも無いわよ。」と言い返されたところで元担任の岡部が入ってきて体育館に強制連行された。 入学式に劣らないテンプレートな始業式は幕を閉じた。 とうとう新クラスの発表である。 この時、俺はハルヒと一緒のクラスになるのは確定だと思っていたので谷口か国木田でも何でも良いからまともな知り合いと同じクラスになれと祈っていた。 そして新クラス発表終了後俺は唖然としていた、なんとハルヒと同じクラスにならなかったのだ、ありえない。 谷口や国木田と同じクラスになれたのはよかったのだが… 俺の頭の中では?がありえないぐらいに大量発生していた。 俺は新クラスでの自己紹介を去年した自己紹介を適当に変えて終了し、何故ハルヒと同じクラスにならなかったのかホームルーム中考えていた。 結果から言うとまったく理由はわからなかった。そしてホームルームが終了しあっという間に放課後になった。 そしていつものように部活をしに…正確に言うと団活をしに文芸部室に向かった。 最初は長門しかいなかったのだが、ハルヒ、古泉、朝比奈さんと続いて部室に来て、 俺と古泉は普段道理ボードゲームをし、朝比奈さんお茶を入れてくれ、長門は読書、そして団長様は不機嫌そうにネットサーフィン。 学校は午前中までだったので大体3時ごろに解散した、そして俺は不本意ながら下校途中の古泉に声をかけた。 聞くことは決まっている。何故ハルヒと同じクラスにならなかったのか、 すると古泉は「僕にもよくわかりません。前に涼宮さんの能力が弱まっているかもしれないと言ったでしょう?それが関係しているのかもしれない。 それに気になることがあるんですが…きっと関係ないでしょう。それにあなたもわかってるでしょうが今からアルバイトに出かけなければ、では」なんて気になることを言いやがるんだ。 そして古泉と別れた後、一年生の新入部員(正確には新入団員)のことを考えていた。 今日は始業式なので1年生は来ておらず明日から授業なので明日は何が何でもハルヒを止めなければならない。 何かいい言い訳が無いか考えていた。 もともと頭が言い訳でもないのにハルヒを言いくるめる言い訳を考えなければならないとなると至難の業である、結局寝る前まで考えたが結局何も浮かんでこなかった。 そして翌日の放課後である、ハルヒは案の定SOS団を宣伝しにいこうと言い出した。 俺は苦し紛れに「やはり最強の団というのは少数精鋭のほうが良いんじゃないか?」といってみた。 そしてハルヒはなんと「そうね、わかったわ。」そう答えたのである。 なんということだろう熱でもあるのか?といいたくなるような返答をよこした。 どうせ俺の言うことになんか聞く耳持たずで「あんたは紙を印刷してきなさい」なんていわれるもんだと思っていた。 そして俺の発言により部活は普段通りに行われた。 後で聞いた話だが古泉によるとこの一件で閉鎖空間は出来なかったという やはりハルヒがおかしい。 もちろん何故ハルヒがおかしいのか俺に知る術は無くまさかハルヒ本人に聞くほど俺も無粋ではない。 とりあえず様子を見てみることにした。 そしてこの状況が一ヶ月続きゴールデンウィークがあけた後、ハルヒがSOS団結団1周年を記念しパーティーしようと言い出した、これには反対する理由が無い 場所は事情を聞いた鶴屋さんが自宅に招いてくれるという、なんと言う太っ腹な人だろうか。 SOS団ができた日は平日なので部活が終わった後鶴屋邸で予定通りパーティーが催された。 なんつう豪勢な食事だろう、正直こんな団の一周年パーティーにはもったいないレベルである。 飯を食い終わった俺たちはボードゲームやら王様ゲームやらで盛り上がっり10時ごろ解散となった。 これでハルヒも少しは元気を出してくれればいいとそんなことを考えていた。 翌日ハルヒは金棒を拾った鬼のように元気になっていた、全くこいつは心配かけやがって…やれやれ。 数日後、俺は長門に呼び出された。 いきなり電話が鳴って突然来て欲しいと、 長門は言った「すでに情報統合思念体は自立進化の糸口を見つけた、本当は私はここにいなくてもいい、だが私の意志で今を生きている。 情報統合思念体も認めてくれた。 最近、涼宮ハルヒの能力が衰えている。あなたもそう感じてるはず、 もし涼宮ハルヒの能力が完全に消えた時、敵対する情報生命体のインターフェイスが私たちをやつ当たりと口封じで始末しにくるかもしれない。 そうなれば最後、恐らく人類は滅びる、でも1つだけ方法がある。 私のインターフェイスとしての力をすべて使い敵対する情報生命体のインターフェイスの全てを消滅させる、 もしかしたら敵対する情報生命体自体にダメージを与えることもできるかもしれない、だが実行すれば地球は半壊し人類は半分滅び、私は普通の人間となる、とても危険、これは最終手段。」 勿論長門のことだからこれが冗談なわけが無い、えらくまずい、まるで変な電波を受信しているSF作家の考えそうな話だ。 長門の家から帰る途中、見知った人に会った、部室専用のエンジェル、誰であろう朝比奈さんだ。 聞くところによると朝比奈さんは俺に話があったそうで長門の家から帰る途中を狙ったらしい。 古泉といい朝比奈さんといい俺の生活は筒抜けなのか?全く なんと朝比奈さんはこういった、「キョン君も気づいてると思うんですが涼宮さんの力が弱まっているんです、 その影響で今の時代より4年前まで戻ることが出来るかもしれないんです。ですがまだ不安定で…でも近い未来それが可能になるかも…」 俺は割って入って「よかったじゃないですか!!朝比奈さん。」と言った。 「でもそれが可能になっちゃうと私は…」と朝比奈さん。 そうだった全く忘れていた、朝比奈さんというかぐや姫はもはや月に帰る前のというところまで来てしまった。 「大丈夫ですよ朝比奈さん、きっと何とかなります。」なんて意味のわからないフォローを入れてしまった。 一体全体何とかなるってのはどういう意味で何とかなるのかおれ自身に聞きたいところだ。 朝比奈さんはいつぞや聞いたのとは少し違うトーンで「キョン君…今日は話を聞いてくれてありがとう」と言って走りながら去っていった。 この分じゃ古泉からも何か重大な話を聞かされるかもしれんと思っていたがそういう気配は全く無かった。 ハルヒも元に戻り普通(と言っても宇宙人や未来人や超能力者に囲まれたとんでもなく非日常なのだが…)に戻り7月に入った。 第二章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1070.html
「おかえりなさいませ、ご主人様」 夕焼けで学校が赤く染まる頃、学校にようやくたどり着いた俺を待っていたのは、変態野郎からの気色悪い発言だった。 あまりの不気味さに、俺はその言葉を発した古泉に銃を向けたぐらいだ。 古泉は困った顔を浮かべて両手をあげて、 「失礼しました。いろいろつらい目にあったようですから、癒しを提供して差し上げようかと思っただけです」 「癒されるどころか、殺意が生まれたぞ」 俺はあきれた口調で、銃をおろす。まあ、本気で撃つつもりもなかったけどな。どうせなら朝比奈さんを連れて……う。 あの後、俺たちは北山公園を南下して無人の光陽園学院に入ったが、敵に動きが悟られないように、 そのまま数時間そこで待機していた。もちろんハルヒには連絡を入れておいたが。 俺はしばらく学校内を見回していたが、古泉が勝手に解説を始める。 「北高の方はほとんど無傷ですね。敵歩兵の襲撃もありません。涼宮さんに作戦失敗を印象づけるには、 北山公園に僕らが入ったのと同時に学校を襲うのがもっとも効果的だと思いますが、 どうして敵はその手を使わなかったんでしょうか。僕が相手の立場なら必ずそのようにしますがね。 ま、大体察しはつきますが」 「しらねえし、今はそんなことを考える気分でもないな」 古泉を無視しつつ、俺は学校内を歩き回る。どこにいるんだ? ふと、俺の目に学校の隅に並べられている黒い物体が目に入った。見るのもいやになるその形状は、 明らかに死体袋だった。あの中に谷口も入れられているのだろうか。 「死者52名、負傷者13名。これが北山公園攻略作戦で出て犠牲です。 死者よりも負傷者が少ないという事態が、今の我々の力のなさの現われかもしれません」 やや声のトーンを起こした古泉が言う。俺の小隊も合計16人の命が失われた。 鶴屋さん小隊なんて生き残った方が少ないし、ハルヒや古泉の小隊の損害もかなりあるはずだ。 と、そこでスマイル野郎が重苦しくなった空気を変えるようにわざとらしくぽんと手を叩き、 「ああ、なるほど。涼宮さんを探しているのですね。それなら、前線基地に詰めていますから、学校にはいませんよ」 「なんだと?」 古泉に向けた俺の表情は、鏡がないんだから確認しようがないんだが、どうやら抗議めいたものだったらしい。 めずらしくあわてたように、 「いえいえ、僕はきちんと止めましたよ。いつもとは違い、かなり食い下がったつもりです。 涼宮さんと言い争い一歩手前までいくなんて初めてでしたからね。閉鎖空間が発生しないかヒヤヒヤものでした。 しかし、どうやってもあそこにいると言い張りまして。ああなったら、てこでも動かないことは あなたもよくご存じでしょう?」 しかし、何でまた前線基地にいるんだ? 敵の襲撃が予想されるのはわかるが、 総大将がいる必要もないだろうに。 「何となく予想がつきますけどね」 古泉はくくと苦笑し、 「涼宮さんはあなたの帰還を学校でただ待っているなんてしたくなかったんですよ。 ぼーっとしているといろいろ悪いことを考えたりしますからね。何かして気を紛らわせたかったんでしょう。 あとは……」 古泉がちらりと背後を見る。そこには朝比奈さんが相変わらずのナース姿でこちらに走ってきていた。 「鶴屋さんのことを直接言いたくなかったんではないでしょうか。これはあくまでも僕の推測ですけどね」 「キョンく~ん!」 息を切らせて走ってくる朝比奈さんに、俺は激しく逃げ出したい衝動に駆られた。こんな気分は初めてだ。 「よかった……無事だったんですね……!」 感激の涙を浮かべる朝比奈さんに、俺の心臓はきりきりと痛んでしまった。この後、確実に聞かれるんだ。 鶴屋さんのことについて。 「本当に心配したんですよぉ……。学校からはなにも見えなくて、どうなっているのか全然わかりませんでしたから」 「ええ、いろいろありましたが、無事に帰って来れてなによりです」 「あ、あと、鶴屋さんは?」 この言葉とともに、俺は心臓がつかみ出されたのではないかと言うぐらいの痛みが全身に走った。 だが、次に朝比奈さんが言った言葉は予想外のものだった。 「古泉くんから聞いたんですけど、鶴屋さん、足を怪我してどこかの民家に隠れているんですよね? あたしもう心配で心配で……」 俺ははっと古泉の方を振り返ると、ウインクで返してきた。この野郎、しっかりと朝比奈さんに事前に告げておいたのか。 変なところで気が利きやがる。でも助かった。そして、つらいことをいわせちまってすまねえ。 「鶴屋さんは無事ですよ。いつものまま元気です。ただ、ちょっと動くには厳しそうなんで、 ばかげたドンパチが収まるまで隠れていた方が良いと思います。幸い、隠れ家には食料もあるらしく、 3日間隠れるには十分だそうですよ」 「無線とかではなせないんですか? あたし、鶴屋さんの声が聞きたくて」 俺はぐっとうなりそうになったが、ぎりぎりで飲み込む。 「えーあー、無線ですか、あー無線なんですけど、なにぶん学校から離れたところにいる関係で、 あまり連絡できないんですよ。敵に――そう敵に傍受されて発信源を突き止められたらまずいですからね」 「そうなんですか……」 がっくりと肩を落とす朝比奈さん。すみません、本当にすみません……! でも、朝比奈さんはそんな俺の大嘘を信じてくれたのか、 「仕方がないですね。みんな大変なんですから、あたしばっかりわがままは言えませんし」 「3日経てば、また会えますよ。それまでがんばりましょう」 何とか乗り切れたか。こんな嘘は二度とつきたくねえ。 と、朝比奈さんはいつものかわいい癒しの笑顔を浮かべて、 「あ、そういえば、皆さんご飯まだなんじゃないですか? 長門さんがカレーを作ってくれたんです。 ぜひ食べに来てください」 神経が張りつめたままだったせいか気がつかなかった。学校中を覆うカレーのにおいに。 ◇◇◇◇ 「食べて」 食糧配給所になっていた教室で待ちかまえていたのは、迷彩服の上に割烹着を着込んだ長門だった。 これだけ見ると、あの正確無比な砲撃の指揮官とは思えない。ちなみに朝比奈さんは作業があると言って、 またぱたぱたとどこかへ行ってしまった。 「すまん、もらうぞ」 「いただきましょう」 俺は紙製の皿にのったカレーを受け取ると、がつがつとむさぼるように食いついた。 よくよく考えれば、15時間近くなにも食べていない。戦闘中は携帯していた水筒の水ぐらいしか口にできなかったからな。 「おいしいですよ、長門さん」 こんな時まで格好つけたように、優雅にカレーを食する古泉。全くどこまで行っても余裕な奴だぜ。 しかし、長門は大丈夫なのか? 相当疲労もたまっているはずだろ。 「問題ない。身体・精神ともに異常は発生していない」 そうか。それならいいんだが、あまり無理はするなよ。 「今のわたしにできるのはこのくらい。できることをやる。それだけ」 「でも、あきらめるのが少し早すぎるのではありませんか?」 背後から聞こえた最後の台詞は俺でもないし、古泉でもない。どこかで聞き覚えがあるようなと思って振り返ると、 「なぜ、ここにいる」 長門の声。トーンはいつもと変わらないが、内面からにじみ出ている感情は【驚】だとはっきりと見えた。 声の正体はあの喜緑さんだったからだ。生徒会の人間であり、また長門と同じく宇宙的超パワーによって作られた 対有機生命体インターフェース……で良かったんだよな? 北高のセーラー服を纏っているが、 やたらとそれが懐かしく見えるぜ。 「私の空間・存在把握能力で確認した限り、ここには存在していなかったはず」 「この固定空間での時間座標で10分ほど前にこちらに来ました」 ひょうひょうと喜緑さん。ちょっと待て、最初はいなくてさっき来たと言うことは…… 長門はカレーをすくってお玉から手を離し、喜緑さんの元に駆け寄る。 「この空間に干渉する方法を有していると判断した。すぐに提供してほしい」 「残念ながら、それは無理です」 「なぜ」 「外側から必死にアクセスを試みて、本当にミクロなレベルのバグを発見することができました。 ここにはそれを利用して侵入しましたが、現在は改修されています。同じ手で、ここから出ることはできません。 思った以上にこの世界を構築した者は動きが速いです」 喜緑さんの言葉に長門はがっくりと肩を落として――いや、実際には1ミリすら肩を動かしてもいないんだが、 俺にはそう感じた。 「不用意。打開のための機会を逃したのだから」 「すみません。外側から一体どんな世界になっていたのかわからなかったんです。 まさか、こんな得体の知れないものが構築されているとは思いもよりませんでした」 めずらしく非難めいたことを言う長門を、あの生徒会室で見せていたにこにこ顔で受け流す。 「しかし、一つの問題からこの世界に介入することが可能だったのは紛れもない事実です。 なら、まだ別の方法が残されていると思いませんか?」 「…………」 喜緑さんの反論じみた台詞に、長門はただ黙るだけだ。 どのくらいたっただろうか。俺のカレー皿が空になったが、空腹感が埋まるにはほど遠くおかわりがほしいものの、 なんだか気まずい雰囲気の中でそれもできずにどうしたものかと思案し始めたくらいで、 「わかった」 そう返事?を長門はした。さらに続ける。 「協力を要請する。この空間に関しての情報収集及び正常化を行いたいと考えている。 ただし、私一人では効率的とは言えない。状況は悪化の一途をたどっているため短時間で完了する必要がある」 「もちろんです。そのためにここに来たのですから。お互い、意志は別のところにありますが、 現在なすべき目的は一致しています。問題はありません」 なにやら交渉がまとまったらしい。二人は食糧配給所の教室から出て行こうとする。 おいおい、こっちの仕事はどうするんだ? 「するべきことができた。そちらを優先する。現在の仕事は別の人間に変わってもらう。問題ない」 「砲撃の指揮はどうするんだ?」 「そちらは続行する。今持っている情報を精査した中では、私がもっとも的確にそれが行えると判断しているから」 長門の言葉にほっと俺は胸をなで下ろす。あの正確無比な援護射撃がなくなったら、 正直この先やっていく自信もない。しかし、一方でこの非常識世界をぶっ壊してくれるならそうしてほしいとも思うが。 「どちらも行う。状況に応じて切り替えるつもり。その時に最も有効な手段をとる。どちらにしても」 長門は俺の方に振り返り、 「私はあなたを守る」 ◇◇◇◇ さて、なにやら長門が頼もしい事を言ってくれたし、 少しながらこのばかげた戦争状態から脱出できる希望が見えてきたわけだが、 どのみちもうしばらくは俺自身もがんばらなければならないことは確実だ。 そのためにはいろいろとやるべきこともあるだろうが、 「台車でカレーを運搬するのを護衛するのは何か違うんじゃないか?」 「いいじゃないですか。腹が減っては戦はできぬというでしょう。これも生き延びるためです」 俺の誰に言ったわけでもない愚痴を、古泉がいつものスマイル顔で勝手に返信してきた。 今俺たちは、学校から前線基地へ移動中だ。別に散歩しているわけではなく、 2台の台車に乗せたカレー満載な鍋とご飯の詰まった箱を載せて、それを護衛している。 まあ、ストレートに言うとハルヒたちに夕飯を届けている最中というわけだ。 しかし、武装した10人で護衛して運搬するカレーとは一体どれだけの価値があるんだ。 「美味しかったじゃないですか、長門さんのカレー。犠牲までは必要ありませんが、厳重・確実に 涼宮さんたちに届ける価値は十分にあると思いますよ」 「それに関しては別に否定しねえよ」 実際にうまかったしな。腹が減っているからという理由だけではないほどに美味だったぞ。 護衛を担当しているのは、俺と古泉、他北高生徒10名だ。とは言っても、俺と古泉の小隊の生徒はいない。 さすがに疲労の色も濃かったので、今の内に休ませている。国木田もだ。今ここにいるのは、 その辺りをほっつき歩いていた生徒をかき集めて編成している。だんだん気がついてきたが、 生徒一人一人の戦闘における能力は全く同じだ。身体能力も銃の扱いも。そのため、生徒を入れ替えても 大した違和感を感じない。 そんな中、俺と古泉はカレー護衛隊の一番後ろを務めていた。古泉がこの位置を勧めていたのだが、 どうせ何か話したいことがあるんだろ。 「せっかくですし、お話ししたいことがあるんですが」 「……俺にとって有益なら聞いてやる」 「有益ですよ。それも命に関わる話です。ただし、内容はいささか不愉快なものになるかもしれませんが」 気分を害するような話は有益とは言えないんじゃないか? まあ、そんなことはどうでもいいが。 古泉は俺が黙っているのを勝手にOKと解釈したのか、いつもの解説口調で語り始める。 「まず、率直にお伺いしますが、あなたが生き残って鶴屋さんが亡くなった。この違いはなぜ起こったと思いますか?」 「俺は腰を抜かしてとっとと逃げ帰った。鶴屋さんは勇敢に戦い続けた。それだけだろ」 「言葉としては同じですが、意味合いは違うと思いますね」 どういう意味だ。もったいぶらないでくれ。 「敵は最初からあなたと鶴屋さんが植物園まで撤退することを阻止しようとしていなかったんですよ。 だから、あなたは犠牲者は多数でましたが、意外とあっさり戻れています。 これは、敵の目的は涼宮さんに自らの決定した作戦でぼろぼろに逃げ帰ってくる生徒たちの姿を 見せつけようとしていたのではないでしょうか」 「おい待て、それだと鶴屋さんもとっとと逃げれば死ななかったって言う気かよ?」 「率直に言ってしまえば、その通りです」 なんだかむかっ腹が立ってきたぞ。おまえは鶴屋さんの命をかけてやったことを非難するつもりなのか? どうやら俺の内心ボイスが表情に浮かんできていたのか、古泉はあわてて、 「いえ、別に鶴屋さんの判断が間違いだったとは言っていません。逆に、敵から主導権を奪い去ったという点では、 これ以上ないほどの英断だったと思いますね。おかげで敵は一部の作戦を変更する必要までできた」 「公園南部を散らばった鶴屋さん小隊を追いかけ回す必要ができて、さらにロケット弾発射地点を守る必要ができた。 そのくらいなら俺にだってわかる」 「それだけではありません。敵は鶴屋さんを仕留める必要に迫られたんです。 必死にあなたたちを鶴屋さんと合流させなかったのはそれが理由だと考えていますね」 「何だと?」 「敵は涼宮さんに逆らう――そこまで行かなくても反抗する人物なんていないと踏んでいたのでしょう。 見たところ、ある程度は涼宮さんとその周辺の人物の下調べも行っているようですし。 ところが真っ先に鶴屋さんは涼宮さんの指示を拒否して、自らの意志で行動した。 これはこの状況を仕組んだ者にとって脅威であると映るはずです。明らかに予定外の人物ですからね。 だから、あの場で確実に抹殺する必要に迫られた。今後の予定に影響を及ぼさないためにも」 古泉の野郎の言うとおりだ。なんだかだんだん不愉快になってきた。有益な情報はまだか? 「今、これを仕組んだ者はこう考えているでしょう。何とか鶴屋さんは抹殺できた。 ところがどっこい、今度は別の人間が涼宮さんに反抗――それどころかある程度コントロールした。 ならば、次の標的は当然あなたですよ」 古泉の冷静な言葉に俺はぞっとする。突然、周辺の見る目が変わり、その辺りの物陰に敵が潜んでいて、 今にも俺を狙撃しようとしているんじゃないのかという不安が頭の中に埋まり始めた。 「ご安心ください。そんなにあっさりとあなたを仕留めるつもりはないと思いますよ。 なぜなら、あなたは涼宮さんにもっとも影響を与える人物です。敵も扱いは慎重になるでしょう。 下手に傷つけて一気に世界を再構築されたら、元も子もありませんからね」 古泉は俺に向けてウインクしてきやがった。気色悪い。 まあ、しかし、確かに有益な情報だったよ。敵が俺を第一目標としながら、早々に手を出せない状態らしいからな。 うまく利用できるかもしれん。珍しくグッドジョブだ古泉。 「僕はいつもそれなりに良い仕事をしているつもりですよ」 古泉の抗議じみた声を聞いた辺りで、ようやく前線基地の到着した。 ◇◇◇◇ なにやら前線基地ではあわただしいことをやってきた。窓を取り外したり、どこからか持ってきた鉄板を廊下などに 貼り付けている。ハルヒはここを要塞にでもするつもりか? そんな中、ハルヒはトランジスターメガホン片手に指示をとばしまくっていたが、 「くぉらあ! キョン!」 俺の姿を見たとたんに、飛び出してきた。やれやれ、どうしてこいつはこう元気なんだろうね。だが―― 「あんたね! 帰ったなら帰ったと一番にあたしに報告しなさいよ! いい? あたしは総大将にして総指揮官なの! 常に部下の状況を把握しておく必要があるってわけ! 今度報告を怠ったら懲罰房行きだからね!」 怒っているのに、顔は微妙に笑顔というハルヒらしさ満点だ、と普通の人なら思うだろ。 でもな、付き合いが長くなってくると微妙な違いに気づいちまったりするんだ、これが。 ハルヒは運んできた台車上のカレー鍋をのぞきこみ、 「なになに? カレー? すっごいじゃん、誰が作ったの?」 「長門だそうだ」 「へー、有希が作ってくれたんだ。じゃあ、みんなで遠慮なく食べましょう」 ハルヒは前線基地の建物に戻ると、 『はーい! よっく聞きなさい! 何とSOS団――じゃなくて、副指揮官である有希からカレーの差し入れよ! いったん作業を止めて休憩にしなさい!』 威勢の良い声が飛ぶと、腹を空かした生徒たちがぞろぞろとカレー鍋に集まり始めた。 ただ、その中にハルヒはいない。 「では、僕はいったん学校に戻りますね。あとはお願いします」 そう古泉は何か言いたげな表情だけを俺に投げつけて戻っていった。言いたいことがあるならはっきりと言えよ。 俺は前線基地とされている建物の中に入り、 「おいハルヒ。せっかくの差し入れなのに食わないのか?」 そう玄関口に寝っ転がっているハルヒに声をかける。 「あたしは最後で良いわ。あんなにいっぱいあるんだし、残ったのを独り占めするから。 その方がたくさん食べられそうだしね」 「そうかい」 俺はヘルメットを取り、ハルヒの横に座る。 じりじりと日が傾き、もう薄暗くなり始めていた。がやがやとカレー鍋に集まる生徒たちの声が建物内に響いているのに、 「静かだな……」 「そうね……」 俺とハルヒは共通の感想を持った。 「あんなにいた敵はどこに行っちゃったのかしら。てっきりすぐにまた攻撃して来ると思ったのにさ。 ちょっとひょうしぬけしちゃったわ」 「来ないに越したことはないだろ。まあ、そんなに甘くはないだろうけどな」 ――またしばらく沈黙―― 「大体、何で連絡くれなかったのよ。いろいろ考えちゃったじゃない」 「何だ、心配してくれたのか?」 「あったりまえでしょ! 部下の身を案じるのは上官なら当然よ、トーゼン!」 ――ここでまた会話がとぎれる。そして、もう日がほとんど降りてお互いの表情も見えなくなった頃―― 「ねえ……キョン……あ、あのさ……」 「なんだ?」 「その……」 「はっきり言えよ。どもるなんて珍しいな」 ――それからまた数分の沈黙。俺はただハルヒが話を再開するのを待ち続け―― 「その……鶴屋さんなんだけどさ。なんか……言ってなかった?」 「何かって何だよ?」 「……恨み言とか」 俺はハルヒに気づかれないように、視線だけ向けてみる。しかし、もう辺りは薄暗く、その表情は読み取れなかった。 「そんなこと言ってねえよ。また学校で会おうだってさ。いつもと同じだった――最期まで」 「そう……」 ハルヒが俺の言葉を信じたのか信じていないのかはわからなかった。ただ、明らかに落ち込んでいるのはわかった。 いつものダウナーな雰囲気どころではない。完膚無きまで叩きのめされているような感じだ。あのハルヒが。 それを認識したとたん、激怒な感情がわき上がる。額に手を当てて必死に我慢しないと、すぐに爆発しそうなほどだ。 あのハルヒをこんなになるまでめちゃくちゃにしやがった。絶対に許さねえ……! ~~その5へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4585.html
涼宮ハルヒ挙国一致内閣 国務大臣(敬称略) 内閣総理大臣 涼宮ハルヒ 内閣官房長官 古泉一樹 総務大臣 国木田 法務大臣 新川(内閣法制局長官兼務) 外務大臣兼沖縄及び北方対策担当大臣 喜緑江美里 財務大臣兼金融担当大臣 佐々木(内閣総理大臣臨時代理予定者第一位) 文部科学大臣 周防九曜 厚生労働大臣 朝比奈みくる 農林水産大臣 会長 経済産業大臣 鶴屋 国土交通大臣 藤原 環境大臣 谷口 防衛大臣 長門有希 国家公安委員会委員長 森園生 国務大臣以外の主な役職(敬称略) 内閣官房副長官(政務) 橘京子 内閣情報官兼内閣危機管理監兼内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当) 朝倉涼子 内閣広報官 妹 内閣広報室企画官 吉村美代子 内閣総理大臣秘書官(政務担当) 俺 ああ、なんというか、呉越同舟という言葉がぴったりな状況に陥ってしまった経緯については省略しよう。 まあ、要するに未曾有の国難ということで、対立していたSOS党と佐々木党が連立して挙国一致内閣を作ったということだ。 じゃあ、とりあえず、上から順番に説明しようか。 ハルヒが総理大臣なのは、当然だわな。何でも一番が好きなハルヒが二番以下の地位に甘んじるわけもない。SOS党は衆参両議院で第一党だから、その党首が総理大臣に選ばれるのは、普通に考えても当然だしな。 古泉は、どこまでいっても、ハルヒのフォロー役というわけだ。実質、この内閣を取り仕切っているのは、こいつということになる。ご苦労なことだ。 国木田は、総務大臣の役目を飄々とこなしている。昔からできるやつだったし、任せておいて問題はなかろう。 新川さんは、年齢構成が若すぎるこの内閣においては、御意見番的な存在だ。 喜緑さんは、あの薄い微笑で対外交渉をこなし、諸外国からはタフなネゴシエーターとして認識されている。 佐々木のところの括弧書きは、俗にいう「副総理」というやつだ。この国難の中で、財政金融をつかさどるのはかなりの激務だが、よくやってくれている。 九曜に文部科学大臣を任せるのは、日本の将来を担う子供たちのためを思うとおおいに不安なのだが……。教育行政が滞りなく遂行されることを祈るばかりだ。 朝比奈さんは、まさに適役だと思うね。ただ存在しているだけで、国民の福利厚生に絶大なる効果がありそうだ。 会長さん(俺はいまだに彼の本名を知らん。みんな会長って呼ぶしな)は、生徒会長時代に培った実務能力で、農林水産大臣の職務を難なくこなしている。 財界の重鎮である鶴屋さんは、まさに適材適所といったところ。あの明るい振る舞いで、日本の景気も明るくしてくれそうだ。 藤原とは個人的にはそりが合わんが、この国難の中ではそんなこともいってられん。嫌味なやつだが、仕事は真面目にこなす。ただ、協調性が足りないのが問題だわな。国土交通省は防災担当機関でもあるから、いざというときは他省庁との連携が重要なんだがなぁ。 なんで谷口が大臣なんぞになれたのか。まあ、ハルヒの気まぐれなんだろうが。環境行政が停滞しないことを祈る。 長門が防衛大臣を担う限り、日本の国防は安泰だ。ひたすらに頼もしい。ただ、仕事をさっさとすませて、国会図書館によく出没するという噂が絶えない。 森さんは、警察組織のトップ。彼女がにらみをきかせれば、日本の治安は安泰だぜ。一方で、「機関」を通じて裏社会も仕切っているという黒い噂が聞こえてきたりも……。 橘京子は、古泉と一緒に内閣を取り仕切っている。SOS党と佐々木党の呉越同舟状態をうまく切り盛りしていくためには、この二人の連携は非常に重要だ。だから、佐々木を異常なまでに持ち上げて、ハルヒの機嫌を損ねるのはやめてほしいのだが。 朝倉涼子は、内閣官房の中では、古泉、橘に次ぐ相当な実力者である。情報・危機管理・安全保障を一手に握ってるからな。本人は防衛大臣をやりたがってたんだが、暴走して他国に戦争でも吹っかけられたら困るので、裏方に収まった経緯がある。 最近朝比奈さんにそっくりになってきた俺の妹は、内閣広報官。これが意外に天職だったらしく、毎日楽しそうに仕事をしている。 ミヨキチは、妹の補佐役といったところだ。妹と仲良くやっているようで、大変結構なことである。 で、俺はハルヒの秘書官というわけだ。ハルヒに振り回される雑用係というポジションは、どこにいっても変わらないものらしい。まったく、やれやれだ。 首相官邸。 「佐々木さんが、涼宮さんに使われる立場なんてありえないのです。佐々木さんこそが首相にふさわしいのです」 「また蒸し返すんですか、あなたは」 橘京子と古泉一樹が、また口論している。 ここ最近、すっかりお馴染みになってしまった光景で、もはや口をはさもうとする者はいなかった。 「第二党が何をいったって、しょせんは負け惜しみですよ」 「今度の選挙では、必ず勝って見せるのです」 橘京子は、ほおを膨らませて不満顔だ。 「せいぜい、頑張ってください。それよりも、例の件、佐々木党内の取りまとめはしてくれたんでしょうね?」 「もちろんです」 国家公安委員会・警察庁。 森園生は、極秘とスタンプが押された報告書を読んでいた。日本国内を跳梁跋扈する国外の諜報員を「非合法に処理」した記録である。昔はスパイ天国などといわれた日本国であるが、森園生が陣頭指揮をとって対策を進めた結果、状況はだいぶ改善されつつあった。 もう一枚の紙を取り上げる。こちらは何もスタンプは押されてないが、極秘文書には違いなかった。なぜなら、それは「機関」の文書だから。 TFEIの動向。天蓋領域の端末には変化は見られないが、情報統合思念体の端末は増員され、政府組織の中に潜入していた。いつでも政府を乗っ取れる体制でありながら、彼女たちは何もしようとしない。観測任務を第一とする態度は不変である。 現在、政府を乗っ取っている立場である「機関」と橘京子の組織としては、TFEIたちのそのような態度は不気味ですらあった。 政府の国防・外交・危機管理を押さえているTFEIトップスリー、長門有希、喜緑江美里、朝倉涼子ですら、人間レベルでなしうる以上のことをしようとはしていない。そして、そのレベルですら完璧人間に近いのだから、文句のつけようもないのだ。 森園生は、二つの文書を丸めて灰皿に置くとライターで火をつけた。情報流出を防ぐ最も手っ取り早い方法だ。 「宇宙人たちは不干渉ということね。なら、未来人たちはどうかしら……?」 そのつぶやきを耳にした者は、誰もいなかった。 厚生労働省。 真面目に書類仕事をこなしている朝比奈みくるのもとに、藤原がやってきた。 彼は、入ってきた途端に盗聴防止装置を稼動させると、口を開いた。 「あんたは、このまま状況を座視してるつもりか?」 「当然でしょ。介入は許可されてないわ。藤原くんだって同じじゃないかしら?」 「何百万人もの人間が犠牲になるんだぞ。それを黙って見てるつもりか?」 朝比奈みくるは、簡易シミュレーターを取り出し稼動させた。 無数の曲線と数式と記号で構成された光の三次元樹形図が空中に展開される。 「実際、それを阻止しようと思えば、介入しなければならない時点は1249箇所。二人だけじゃ、手に負えないわよ。あからさまな規定事項破壊行為だし、介入が全部終わる前に私たちが始末されちゃうわ」 朝比奈みくるは、簡易シミュレーターをポケットにしまった。 光の樹形図が消え去る。 「あるべき未来を守るためには仕方ないわよ」 「そんな未来なんぞ糞食らえだ」 「藤原くんだって分かってるはずでしょ。私たちはこの悪しき世界を守るために存在する悪党だってことは」 「……」 藤原の顔が渋面を形作る。 「それが嫌なら、未来に帰って組織を抜けることね」 国立国会図書館。 読書にいそしんでいた長門有希のもとに、喜緑江美里と朝倉涼子がやってきた。二人とも半ステルスモード。図書館という空間に同化している長門有希はともかく、二人はこのような場所では目立ちすぎるからだ。 長門有希も、半ステルスモードに移行した。 「大規模な情報操作をしない限り、戦争は不可避。その旨は、既に報告済みである」 「私も同じです」 「私も同じよ。三人とも意見が一致するなんて、つまんないわね」 「情報統合思念体からの指令は、観測の継続。積極的な干渉の禁止、つまりは、不干渉原則の維持である」 「穏健派はしぶしぶ同意したみたいですけどね。戦況が悪化した場合に、涼宮ハルヒの力が暴走して危険を招くことを懸念しているようです」 「その方が情報爆発を観測できていいじゃないの」 朝倉涼子はあっけらかんとそう発言した。 「主流派は、今のところ急進派と同意見。ただし、情報統合思念体に危険が及ぶことになれば、穏健派とともに阻止することになるだろう。むしろ、気になるのは天蓋領域の動向」 「周防九曜は、相変わらずのようです。あちらも、不干渉という点ではこちらと変わらないのではありませんか。むしろ、未来人の方が干渉してくる可能性は高いと思いますけど」 「戦争の発生自体は、彼女たちにとっても規定事項であると思われる。そうでなければ、そろそろ動きがないとおかしい」 経済産業省。 鶴屋大臣は、いろんな方面に電話をかけまくっていた。 「……戦争ともなれば鉄鋼の増産は不可欠だからねっ。……生産ライン増強の補助金? いやぁ、お国の財政が厳しくてねぇ。……あっ、そんなこと言っちゃっていいのかなぁ? あのことをバラしちゃうよっ。……うん、理解してくれて助かるにょろ。じゃあ」 電話を置き、次の話し相手の電話番号を確認する。 「ええっと、次は、○○商事だったかな?」 鶴屋大臣の脅迫電話は、その日一日中続いていたという。 首相官邸。 「ああもう! 今日もくだらない仕事ばっかりだったわね!」 「仕方ないだろ。一国の首相ともなれば避けられない仕事はいくらでもあるさ」 俺は、文句たれるハルヒをなだめる役目だ。この役目は昔から俺のもので、いまだに免れることができてなく、おそらく将来もずっと続くだろうと思われた。 なんたって、俺は、栄えあるSOS党党首殿の夫だからな。今さら免れることは不可能だろうし、その気もない。 「ねぇ、キョン」 ハルヒは俺の背中に手を回して抱きついてきた。 「なんだ?」 「あたし、そろそろ子供ほしい」 「いきなり何言い出すんだ、おまえは」 「いや?」 ハルヒの表情は真剣そのものだった。 「あのなぁ、ハル……」 俺が言いかけた瞬間に、背後から声が降ってきた。 「涼宮内閣腐敗の現場、そんなところだね」 振り向くと、そこには佐々木がいた。 「腐敗といってもこの程度でね。申し訳ない。でも、部屋に入ってくるときはノックぐらいはしてくれよ」 「したよ。ただし、お二人とも自分たちの世界に没頭するあまり、ノックの音を認識することを脳が拒否していたようだけどね」 俺たちは二人して顔を赤くするしかなかった。 「何の用だ?」 「酷い言い方だね。僕は、ここ一週間ほとんど寝ないで、この『戦時財政計画』をまとめていたというのに。ねぎらいの言葉ぐらいほしいところだ」 佐々木は、右手に握っていた分厚い書類を、近くのテーブルの上に無造作に置いた。 「すまん。それはご苦労だったな」 「ありがとう。君にそう言ってもらえると、僕の苦労も報われるというものだ」 何を大げさなと思っていると、背後に寒気を感じて振り向いた。 ハルヒが、剣呑な視線で佐々木をにらんでいる。 「涼宮さん。そんな目でにらまないでよ。別にあなたの夫をとろうなんて思っちゃいないわ。私だって、その辺はわきまえているつもり。キョンは誰にだって優しい人、涼宮さんだって分かってるでしょ?」 「分かってるわよ!」 ハルヒは不機嫌な顔のままだ。 「涼宮さん。お互い、この内閣が続く間だけでも仲良くやりましょう」 ハルヒはしぶしぶ頷いた。 「なあ、佐々木」 「なんだい?」 「この内閣が終わったら、おまえたちはまた野党に戻るのか?」 「当然だよ。キョンだって分かってるはずだ。涼宮さんには、常に張り合える敵役が必要なんだ。今は外敵がいるからいいけど、それがなくなったら、張り合いがなくなる。ならば、その役目は僕が果たそう」 「でも……」 「僕自身も、そういう役回りを結構楽しんでるのでね。おかげで、涼宮さんと出会えてからの人生はとても充実している。では、馬に蹴られないうちに退散するとしよう」 佐々木は去りかけて、再びこちらを向いた。 「キョン。君が愛妻家なのは結構なことだが、自重してくれたまえよ。この未曾有の国難の時期に、首相閣下が産休では、国民に示しがつかない」 俺たちが何かをいう暇すら与えず、佐々木は足早に去っていった。 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3672.html
7.回帰 俺にできることはやった。後はハルヒの目覚めを待つだけだ。 大丈夫だ、ハルヒはきっと目覚めてもハルヒのままだ。 俺は自分にそう言い聞かせていた。 過ぎてしまった予定時刻。 俺は間に合わなかったのか。 苦々しい気持ちでハルヒの病院に向かった。 病院に着くと、朝比奈さんが出迎えてくれた。 「涼宮さんはまだ目が覚めないんです……」 うつむき加減で朝比奈さんが言った。 俺はますます不安になった。俺は間違っていたのか? その答えを考えるのはあまりにも苦しい。 「長門は大丈夫なんですか?」 もう一つの懸案事項を聞いてみた。 「そ、それが、一旦目が覚めたんですけど、『統合思念体による点検』 と言ってまた寝ちゃったんです」 点検ね。長門の今回のダメージが俺にわかるわけもないが、TFEIすべてを奪われた親玉としては、何かしらのメンテナンスが必要ということか。 まあ、それでも長門はもう大丈夫なんだろう。 「涼宮さんについて、長門さんは何かおっしゃってましたか?」 古泉が、俺が後回しにしていたことをズバリ聞いてきた。 返事を聞くのが怖い。ところが── 「それが、長門さんは一瞬だけ起きて、直ぐに寝ちゃったんです。 だからわたしにもわかりません……」 まだ答えは保留のままだった。 ハルヒの病室前に着いても、俺はまだためらっていた。 ハルヒが目覚めて、うつろな目で俺を見ていたら。 その目の中に、ハルヒを見つけられなかったら。 俺はどうすりゃいい? 「入らないんですか」 俺の後から歩いてきた古泉が、ドアの前で躊躇している俺に声をかけた。 振り向くと、真顔で俺を見つめていた。 その目の言わんとすることがわかってしまうのが癪にさわる。 『あなたの選択の結果を受け止めてください』 古泉はそう言っている。 俺は大きく息を吸い込むと、ドアを開いた。 ハルヒは変わらない顔で、規則正しい呼吸を続けて寝ていた。 期限はとっくに過ぎている。何故目覚めない? 古泉も真剣な面持ちでハルヒを見つめている。 この1週間、こいつの顔からはニヤケ面が消えていることの方が多かった。 こいつも辛かったんだろう。 「涼宮さん……」 朝比奈さんが呟いた。 俺たちは黙ってハルヒのそばに立っていた。 どれくらいの時間が経っただろう。 「すみません、機関の方に報告に行かなくてはなりません」 古泉が言った。 こんなときにか? 俺がなじるように言うと、古泉が顔をしかめた。 「すみません……僕もここから離れたくはないんです」 ああそうだな、わかってはいるんだ、副団長。 今回、機関とお前の協力がなければどうにもならなかったしな。 新川さんと森さん、多丸さんたちにもよろしく言っといてくれ。 「わかりました」 元の、とは言えないが、少しだけ笑みを浮かべて、古泉は出て行った。 「あの、わたしも長門さんのところへ行ってきますね」 何故か朝比奈さんも出て行った。 もしかしたら、朝比奈さんもハルヒの目覚めが怖いのかもしれない。 いや、間違いなく怖いだろう。 これだけ時間が経っているのに、まだ目が覚めないんだ。 俺も怖い。逃げ出したい。 だけどな。 「俺が逃げる訳には行かないんだよな」 ハルヒの頬に触れてみる。まだ、ちゃんと暖かかった。 そのままハルヒを見つめる。 こいつは大人しければ美少女なんだよな。まさにスリーピング・ビューティだ。 そこまで考えて俺は苦笑した。 これから俺がしようとしていることがあまりにもベタだったからだ。 まあ、誰もいないしな。深く考えるのはよそう。 俺は身をかがめて、ハルヒに口付けた。 これで目覚めるほど甘くはないだろう。どこのおとぎ話だ。 ところが、おとぎ話だったらしい。 ハルヒがゆっくりと──目を開けた。 「ハルヒ!」 思わず声をかける。ハルヒはきょとんとした目で俺を見つめていた。 その顔を見て、俺はますます不安になる。 「俺のことがわかるか? ……ハルヒ」 おそるおそる聞いてみた。 それを聞いて、ハルヒはガバッと跳ね起きると、俺を睨み付けて言った。 「何言ってるのよバカキョン! あんたあたしのことバカに……えっ!?」 最後まで聞かず、俺はハルヒを抱きしめていた。 「ちょ、ちょっと、あんた何してんのよ! 離しなさい! 離せ!!」 俺の腕の中でもがくハルヒを無視して、腕に力を込める。 「誰が離すかよ、バカ野郎!!!」 ああそうだ、誰が離してなんかやるもんか。 もうこんな思いはゴメンだ。 2度と離してやらねぇからな。 「ちょっと、キョン……泣いてるの?」 うるせぇ、泣いてなんかいねえよ。目にゴミが入っただけだ。 「バカ」 ハルヒはそれ以上何も言わず、俺の背中に手を回して抱き返してきた。 やっと帰ってきたな、ハルヒ。 長かった。たった1週間とは思えないほど。 俺が落ち着いてから、ハルヒは俺に色々質問をしてきた。 本当のことを言うわけにも行かず、かといって答えを用意していない俺は、四苦八苦しながらそれに答えていた。 ハルヒが階段から落ちたいう話はハルヒの家族にしてあるので、今更変える訳にはいかない。 俺はその線でごり押しした。 裏山探検隊もUFOもどきの隕石も全部夢オチだ。 1週間も寝てたんだから、それもアリだろ。 1年前の俺だって、階段から落ちた記憶がないことになってるからな。 実際に階段から落ちたりしていないんだが。 「あんたの二の舞を演じるとは、一生の不覚だわ」 ハルヒが顔をしかめて言った。 「だけど、あれが夢だとは思えないのよ。あんたと隕石を探しに行ったのは」 そりゃ、ほんとにあったことだからな。しかし── 「俺はそんなことしとらん!」 言い張るしかない。泥で汚れた制服も何とか綺麗にしたしな。 「第一そんな大ニュース、新聞もテレビも放っておく訳がないだろう。 なのにどこも報道してないんだぜ」 そう、実際、俺たち以外誰もあの隕石に気付いていないようなのだ。 これは後で長門に聞いてみよう。何となく答えはわかっているのだが。 ハルヒは渋々納得したようだった。 「ずっと夢を見ていたみたいね。やけに覚えてるけど」 ハルヒは残念そうに呟いた。 「長い夢だったわ──途中から悪夢よ。凄く苦しくて」 うんざりした表情で続ける。 そうだっただろうな。あれだけ閉鎖空間を生み出したくらいの苦しみだ。 「でも最後にキョンが出てきて──そうだ、キョン!」 急に生き生きとした顔になって、俺を見た。 「あんた、あたしに言うことがあるでしょ!」 やっぱり覚えてやがったな。当たり前か。 いや、別に俺も逃げるつもりはないんだが、いざとなるとやっぱり照れくさい。 ここまで来て何て言い訳しようかとチラッと考えた俺は、やっぱりへたれなんだろう。 「ああ、あるさ」 意を決して俺は言った。でも素直には言ってやらない。 「でも、何でお前がそれを知ってるんだ?」 「だって、あんた夢の中で言ったじゃない」 「お前の夢の中のことまで俺は知らん」 そう言うと、ハルヒは暗い表情になった。 しまった、ちょっと意地悪だったか。 「夢の中の俺が何を言ったかは知らんがな、俺は俺で前から言いたかったことがあるんだ」 悪い。心の中で謝りながら俺は続けた。 「ハルヒ、俺はお前が好──」 言いかけたとき、ドアがノックされた。誰だよ! 間の悪い! ハルヒもアヒル口になっている。 ドアが開いて入ってきたのは、朝比奈さんと長門だった。 「みくるちゃん! 有希!」ハルヒが笑顔で声をかけた。 「す、す、涼宮さぁぁぁぁぁん!!!!」 ハルヒが起きているのを見ると、朝比奈さんはハルヒに駆け寄って抱きつき、泣き出してしまった。 「バカね、みくるちゃん。あたしは大丈夫に決まってるでしょ!」 そう言いながら朝比奈さんを撫でているハルヒは嬉しそうだった。 ほんとにどっちが年上なんだかわからないね。 「長門、もう大丈夫なのか」 傍らにたたずんでいる長門に声をかける。 「大丈夫」 一言だけ返した長門は、ハルヒと朝比奈さんを見つめていた。 どこか眩しげに見えたのは、気のせいではないだろう。 やがて医者が来て、ハルヒは診察を受けることになり、診察室へと連れて行かれた。 結局俺は自分の思いを伝えられずにいる。 『あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!』 閉鎖空間でのハルヒの言葉を思い出し、苦笑した。 やれやれ、このままじゃ罰金かな。 しばらくすると古泉が現れた。機関への報告とやらは終わったらしい。 「機関の人間は、総じてあなたに感謝しています」 ここのところ忘れていたようなニヤニヤ顔で俺に言ってきた。 「結局、機関に取っても最良の結果が得られました。あなたに判断を委ねたのは正解だったようです」 「勘弁してくれ」 俺は顔をしかめた。俺にとっては世界も機関もどうでも良かったんだよ。 ただ、ハルヒを助けたかっただけだ。 いや、助けるなんて気持ちより、俺がハルヒに会いたかっただけだ。 「自分の意志で動いたのに機関の思惑に乗ったと思うと面白くねーよ」 世界の行く末を俺1人に押しつけやがって。 どうにかなっちまったら俺に責任をなすりつけるつもりだったのか? 「まさか、そこまであなたに押しつけるつもりはありませんでした。 あなたに委ねると判断した時点で、機関にも大きな責任があります」 結果論では何とでも言えるよな。まあ、今回は機関にもお前にも大いに助けられたから不問としてやるよ。 「ともあれ、結局涼宮さんを根本から何とかできるのはあなただけなんです。 今回も、涼宮さんの力を自覚させることなく発揮させることに成功した。 あなたの他に誰も、そんなことができる人間はいません」 ああ、脳の容量いっぱいまで使って考えたぜ。『ジョン・スミス』以外でハルヒに力を使わせるなんてな。 正直もうゴメンだ。今後、シナリオライターはお前に任せる。 「承知しました」 そう言う古泉は、最後まで0円スマイルを顔に貼り付けたままだった。 いつもの古泉に戻ったな。 「ほんとに良かったです……」 朝比奈さんにも笑顔が戻った。 「でも、わたし、結局何もできなかった……」 少し俯いて溜息をつく。そんなお姿も絵になるお人だ。 俺は朝比奈さん(大)の言葉をまた思い出した。 『この時間のわたしにできることはないの』 俺はこの朝比奈さんに何も言わなかったのか? 言わずにはいれないじゃないか。 今度朝比奈さん(大)に会ったら絶対に聞いてやる。 覚えてないなんて言われたら結構ショックだぞ。 「何を言ってるんですか、今回の一番の敢闘賞は朝比奈さんですよ!」 俺は言った。殊勲賞でもいいくらいだ。いや、殊勲賞は長門か? 「ほえ?」 驚いた顔して俺を見る朝比奈さんに、俺は続けた。 「今朝、俺が橘に色々言われて気持ちが揺らいでいたのはわかってるんでしょう。 あのとき朝比奈さんがああ言ってくれなかったら、俺は橘の戯言に乗ったかもしれない」 絶望的な気分だったからな。橘にすらすがりたいくらいに。 そう、朝比奈さんの言葉と橘の表情。 それが、俺を正気に戻してくれた。 そう考えると、橘にも技能賞をやってもいいのかね。ちょっと賞なんて惜しい気もするが。 俺が与える資格もない三賞を誰にやるか考えを巡らせていると、それまで黙っていた長門が言った。 「わたしもあなたに助けられた。礼を言いたい。ありがとう」 朝比奈さんをじっと見つめている。 「差し入れ、美味しかった」 朝比奈さんは何故か頬を染めて俯いた。まだ長門に苦手意識があるのか、他の理由かはわからない。 しかし、何か勘違いしそうなシーンだな。 「何もできなかったのは私」 長門は続けて言った。相変わらずの無表情だが、俺には悔しそうに見えた。 「必要なときに機能停止。不覚」 「お前のせいじゃないさ」 俺は本心から言った。このSOS団一の万能選手は、いつも1人で解決しようとするからな。 「そもそも、今回はお前がいなきゃ何が起こったのかすらわからなかったんだぜ」 あの、隕石に触れたハルヒが倒れたとき、瞬時に来てくれた長門をどれだけ頼もしく思ったか。 「その後も、24時間ハルヒについていたのは長門だけだ。 ハルヒだって一番感謝してるさ」 好きなはずの本も読まず、必要がないとはいえ睡眠も取らずにハルヒのそばにいたんだ。 他の誰にもできることじゃないだろ。 「……ありがとう」 長門はそう呟いた。 「今回の黒幕は、やっぱり例の……天蓋領域だっけか? あいつなのか?」 「そう」 今回の騒動を説明してくれた長門のややこしい言葉を俺の頭でわかる範囲で言うとこうだ。 どうやらハルヒの能力を佐々木に移すことが目的だったらしい。 それが橘の機関と協力したのか、独自に考えたのかはわからない。 橘の機関は天蓋領域の決定を受けて独自に動いた可能性もある。 ところが、何故かハルヒの能力を佐々木に移すには、俺の協力が必要らしい。 俺が素直にうんと言うわけもないので、一計を案じたと言うことだ。 あの隕石が俺たち以外に発見されなかったのも無理もない。 最初からそう情報操作されていた。 「近くに周防九曜がいたはず」 長門は言ったが、俺は見た覚えがない。 何で佐々木に能力を移そうと思ったのかは情報統合思念体にもはっきりとはわからないらしい。 「推測はできる」 要は佐々木なら意識的に能力を発揮できるようになるということだ。 佐々木に力を移した上で協力してもらうつもりなのではないか、長門はそんな感じのことを言った。 そもそも天蓋領域がハルヒに目をつけた理由が、情報統合思念体と同じとは限らないそうだからややこしい。 俺なんかには理解できるわけもない世界だ。 「そう言えば周防は結局何をしていたんだ?」 機関の目を逃れるのは簡単だろうが、それにしても最初から最後まで現れなかったが。 「機関を始めとする対抗勢力の妨害。それと、照準」 妨害はわかるんだが、照準てなんだよ? 全く意味がわからん。 また長門はよくわからない用語で説明してくれた。 情報統合思念体のような存在は、地球上の一個人や一インターフェースをいちいち把握できないそうだ。 把握できるなら、ハルヒを監視するための長門のようなインターフェースも要らないと言うことになる。 だが、今回、長門たちの機能を止めたのは、周防ではなく天蓋領域そのものだった。 天蓋領域にインターフェースの存在場所などを特定させるために、周防は暗躍していたらしい。 まさに『照準』だ。 情報統合思念体もこの動きを察知していたそうだが、止められなかったらしい。 「概念が理解不能のとき、止める側より行動する側の方が有利」 何しようとするかわからないから、後手に回る。 まさに今回の事件そのものだ。 しかし、今回の事件が起こっている間、広い宇宙で激しい宇宙戦争が行われていたのか。 なんてこったい。 あまりにも壮大すぎて想像もつかないぜ。 しばらく宇宙情報戦争について思いめぐらせていたが、もう一つの疑問を思い出して聞いてみた。 「何でハルヒは直ぐに目覚めなかったんだ?」 長門の予告通りなら、どっちにしても13時前後には目が覚めたはずなんだが。 「精神負荷が大きすぎたためと思われる」 どういうことだ? 「1週間、涼宮ハルヒの精神は休まることはなかった。休息が必要」 ってことは? 「彼女は睡眠中だった」 そういうオチかいっ! どれだけ心配したと思ってるんだよ! ……て、まさか起きたとき俺がしたことに気付いてないだろうな。 「それではそろそろ失礼します」 古泉が言った。 おい、お前はまだハルヒに会ってないだろう。 「明日会えますよ。それより、あなたがしなくてはならないことがあるでしょう。 お邪魔はしたくないのでね」 そう言えばお前は閉鎖空間でどこにいて、どこまで聞いてたんだ? 「さて、どうでしたっけ」 とぼけるんじゃねぇぞ。 俺の問いかけもむなしく、にこやかに手を振って出て行きやがった。 後で覚えてろよ。 「わたしも帰りますね」 朝比奈さんも言った。 「がんばってくださいね、キョンくん」 何を頑張れというんですか、朝比奈さん。というか、あなたは何をご存じなんですか。 聞こうと思ったが怖くて聞けなかった。 朝比奈さん(大)ならともかく、何も知らないはずなんじゃ? 「見ていればわかる」 長門、お前もモノローグを読むな。いや、お前なら普通に読みそうだが。 「邪魔者は退散」 長門と朝比奈さんは連れだって部屋を出て行こうとした。 「おい、邪魔者って何だよ!」 俺の問いには答えず、長門は振り返ると言った。 「ごゆっくり」 何かまた性格変わってないか? 長門。 宇宙人と未来人は何だかんだ言って仲良くなっている気がする。 その割には、朝比奈さん(大)になっても長門が苦手なようだ。 これからまだ何かあるのかね。 「やれやれ」 呟いて、そばにあった椅子を引き寄せた。 ここで俺まで帰る訳にいかないよな。 ハルヒが怒りを通り越してまた不安になりかねない。 「疲れたな」 まったく。 朝から橘に悩まされ機関の本部に行き、閉鎖空間で自由落下しかけ、空中浮遊まで体験した。 いくらハルヒに振り回されるのに慣れた俺だって、さすがにキツイぜ。 さて、これからどうするか。 古泉に言われなくてもやり残したことがあるのはわかってる。 さっき朝比奈さんと長門に邪魔されたからな。 このまま誤魔化してしまうことは、ハルヒが許さないだろう。いや、俺が俺を許せなくなるね。 しかし、さっきより照れくさいぞ。 さっきだって恥ずかしさを乗り越えて勢いで言おうとして邪魔されたんだ、それをもう一度やらなきゃいかんのか。 「ハルヒが好きだ」 うわ、試しにとはいえ、あらためて口に出してみるとすげぇ恥ずかしい。 いっそ閉鎖空間で言っちまうべきだったか。 あのときはハイテンションだったからな。勢いで言えただろう。 そのとき──『お約束』と言えばいいのだろうが──ドアが開いた。 やけに静かに開いたので、長門辺りが戻ってきたのかと思ったが、やはりというか何というか、とにかくハルヒだった。 えーと、何でそんな真っ赤になってるんだよ。何て聞くまでもないな。 間違いない。聞こえてやがった。 「あんたねぇ……」 赤い顔をして、俺から視線を外したまま入ってきたハルヒは、そのまま文句を言い始めた。 「何誰もいないところで恥ずかしいこと言ってんのよ」 誰もいないから言ったんだよ。とは言えないが。 それより俺の告白は恥ずかしいことかよ。ああ、恥ずかしいよな。てか恥ずかしい。 「悪かったな」 もうそれしか言えん。 「だいたい、そういうことは本人に面と向かって言いなさいよ……」 何だかいつもの勢いがないが、それより面と向かってと言っているハルヒが顔を背けているんだが。 「そいつはすまんかった。だったらお前もこっち向け」 どうせさっき言いかけたんだ。今も独り言を聞かれちまった。今度こそ、ちゃんと言えるだろう。 だが、ハルヒは相変わらず顔を背けたままだ。 何か腹立ってきた。人に覚悟を決めさせておいてなんだそれは。 俺は両手でハルヒの顔を無理矢理俺の方に向かせた。 「ちょっと、何すん……!!!」 ハルヒは抗議の声を上げたが、俺は無視して唇をふさいだ。 「……好きだ」 唇をわずかに離して一言伝えると、再び唇を重ねる。 ハルヒは俺にしがみついてきた。 何だ、簡単なことだったんじゃないか。 今まで俺は何をしていたんだろうね。 誤魔化してきた気持ちが、一気に湧き上がってくる。 ──長いこと待たせて悪かったな。 不安にさせて悪かったな。 罰金、払うからな。 だから、もう離さないでいいか。 もう、離れないでいてくれるか。 やがて唇を離した俺に、ハルヒは微笑んで言ってくれた。 「あたしもあんたが好きよ、キョン……」 ──こうして、俺の長い長い1週間は、ようやく終わりを告げた。 エピローグへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3086.html
『想っている人との距離が縮まりそう―』 そんな朝の情報番組の占い結果を気にしつつ、校舎までの坂道を歩く。見慣れた風景だ。教室に入ると俺の後ろの席のハルヒに挨拶をするのがもう習慣になっているのだがどうも様子がおかしい。窓から空を眺めて溜息をついている。 原因は先日行われた学内模試の俺の結果が芳しくなく、放課後の補習に強制参加させられているためSOS団の活動を休んでいるせいか、と自ら解答を導きつつ声をかけた。 「よお、ハルヒ。おはよう。昨日も部室に行けなくてすまん」 「補習受けてるんでしょ。我がSOS団から成績不振者が出るなんて恥ずかしいわ」 「それが今日で終わるんだ。今日からは行けるぜ」 「・・・遅れたら罰金だからね」 そう言うとハルヒは再び目を窓の外にやった。いつもは暴走列車以上の活発ぶりをみせるハルヒだ。今日のような落ち着いた日があってもバチは当たるまい。そう思いながら俺は担任が来るのを待った。 連日の補習で頭を使いすぎたか、昼休みに俺は強烈な睡魔に襲われた。それは通常登場予定の空腹感の出番を奪い去る程のものだった。窓から容赦なく照りつける太陽も味方し、俺は深い眠りについた。その頃には朝の占いのことなど全く覚えてなどいなかった。 「ちょっと。もうすぐ授業始まるよ」 俺はその声で目を覚ました。その声は間違いなくハルヒではなかった。声を聞いて感じたのは違和感と恐怖。俺は反射的に机から身体を起こした。 「目は覚めた?次は教室移動だから早くしないと間に合わなくなるわよ」 目の前にいたのは―カナダに引っ越したことになっていて、俺のことを殺意をもって襲ってきた張本人の―朝倉涼子だった。 「ああ、そうだったな。ありがとよ」 朝倉はちょこっと頷いて待っていた数人の女子の輪に入って教室を出て行った。 またか。 またこんな世界になっちまったのか。長門も朝比奈さんも鶴屋さんも俺のことを知らず、ハルヒと古泉に至っては光陽園学院に通っている世界に。どうせこの教室にはハルヒはいないことになっているんだろう、過去の経験から狂ったように人に聞くのはやめよう、きっと解決策は見つかる。そう楽観視しながら教室を出た。 思っていた通り解決策はすぐに見つかった。放課後部室に行ったときのことだ。 文芸部の長門がいるはずだからノックをすると意外な返事が返ってきた。 「はぁい、どうぞ」 予想していなかった声が返ってきたので急いでドアを開けると、団長を除くSOS団が揃っていた。 「困ったことになりましたね」 状況を把握できないまま部室を見回している俺に最初に話しかけたのは古泉だった。お前は光陽園学院の生徒ではなかったか? 「皆あなたのことを知っていますよ。あの改変世界と今我々がいる改変世界は違います。前者の改変者は過去の長門さんでしたが、今回の改変者は涼宮さんです」 やはりな。今度は何故なんだ。 「涼宮さんは本気で世界を変えようとは思っていません。何か抱えている問題があるのでしょう。僕はてっきりあなたが答えを知っているものだと」 知るか。 「最近涼宮さんは部室にきてもパソコンをいじるか、溜息をつくかで今までの元気が無いのは明らかでした。教室では元気だったのですか」 確かに元気は無かった。もしかしたら俺の成績が悪いことが原因か。 「そうならあなたに勉強を教える等世界を改変しなくても解決できるでしょう。補習が終わるのは今日なのであなたがSOS団に参加できなかったことが原因であるのは考えにくい。予想ですが、涼宮さんは自分がいないとあなたはどうなるかを知りたいのだと思いますが・・・。結論を言うと、答えは彼女のみが知っているのですよ」 お前にとってはGod knows…か。ハルヒは何処にいるんだ。 「涼宮さんは閉鎖空間を作っています。ただ神人の出現が確認されていないので機関としては動きようがありません」 じゃあどうすればいいんだ。 「僕たちが出した結論はこうです。過去に涼宮さんが作り出した閉鎖空間に入ったことのあるあなたが再び閉鎖空間に入る」 俺はあんな所はもう嫌だ、と言いたいところだがそうは行かないみたいだな。でも、どうやって。 「以前あなたと涼宮さんだけの閉鎖空間に入ったときはどうしたのですか。それと同じ方法をとればいいのですよ」 方法も何もただ寝ただけなんだがな。 「では寝ればいいんですよ。涼宮さんは待っていると思われますから、場所はここがいいでしょう」 一つ我儘を言わせてもらえば朝比奈さんの天使の声で子守唄を歌って欲しい。でも今回は皆この部屋から出ていただくとありがたい。 「わかりました。僕たちは出ましょう。すべてはあなたにかかっていることを忘れないで下さいね」 「キョンくん・・・絶対帰ってきてね」 「・・・こっちで待ってる」 古泉はその日初めて見たニヤケ顔で、朝比奈さんは制服姿に天使の声で、長門はいつもの無表情でそう言うと部屋から出て行った。 一体ハルヒが抱えている問題って何だ?世界を変えてまで悩むことなのか。何で俺は気づかなかったんだ。いや、気づいていたが気づいていないフリをしていたのかもしれない。まあいい。閉鎖空間に行ったら思う存分聞いてやろう。多分俺にしか聞けない悩みだから閉鎖空間を作ったんだろう・・・そんなことを考えていたら昼に十分すぎる睡眠をとったはずなのにまた眠りについていた― 背中にコンクリートの硬い感覚を覚える。俺は前と同じ場所に寝ている。 目を開ける。灰色の空。静かすぎて灰色の空に吸い込まれるような感覚になる。 何度来ても嫌だな。この不気味な空間は。 俺は部室へ向かう。危機管理が全くなっていないのかと思うほど昇降口は簡単に開いた。この様子だと部室の鍵も開いている。そこでハルヒは待っている。 そんな確信と共に部室への道を駆けていった。 部室は唯一電気が点いており、やはりここかと安心した。 よく考えると今日二回目の入室だな。一回も出てないのに。 俺はドアを開けた。部屋の奥には窓から外を眺めているハルヒがいた。 「ちょっと、キョン。何よこれ。どれも暗いじゃない」 「落ち着け。一度来たことがあるように感じないか」 「言われてみればそうかも・・・。ああ思い出した。けど思い出したくない悪夢だったわ」 俺も思い出したくはないが。それより俺が部室に入ってきたことに驚きはないのか。 「別に。来てくれると思っていたしね。何となくだけど」 ハルヒの声に元気が無いことに俺は閉鎖空間に来た目的を思い出した。 「なあ、ハルヒ。今朝元気が無かったみたいだったが何かあったのか」 「えっ・・べ、別に無いわよっ。いつもの私だったじゃない」 「俺もSOS団の一員だ。団長に元気があるか無いか位わかる。本当に何も無いのか。よかったら話を聞くぞ」 「・・・・・・・」 流れる沈黙。しまった、俺は地雷を踏んでしまったか。 ハルヒが口を開く。 「・・・実はね・・私・・・・」 ハルヒは少し涙目になっている。そんなに重い悩みなのか。 「好きな・・・人が・・出来たのよ・・・」 意外な悩みに俺は言葉を失った。 「でもっ・・私全っ然素直になれなくて・・・その人の前だと」 ハルヒは泣いている。俺はどう声をかけてよいか迷っていた。 「ハルヒ、前に告白は電話とかじゃなく直接言うべきだって言ってただろ。俺もそう思う。言うのなんて数秒で済むわけだし、思い切ってその人に告白した方がいいんじゃないか。勇気が出ない、素直になれないとかここで悶々としてても想いは伝わらないぞ。行動する前に悩むなんかハルヒらしくないしな」 我ながら恥ずかしいことを長々と言ってしまった。しかしこれが解決策だろう。ハルヒの想いなんぞ、ここで言う限り俺しか知ることは出来ない。俺以外には伝わらない。だから伝えなくてはいけないんだ。 次の瞬間、頭にある言葉が浮かんだ。 『想っている人との距離が縮まりそう―』 朝の占いだ。ま、まさか― 「グスッ・・・そうね。私らしくないわ。スパッと言えばいいのに何悩んでたんだろう。私の好きな人はね、そのっ・・うんと・・・キ、キョン、あんたなの・・・」 告白した瞬間ハルヒは再び泣いた。よほど勇気を振り絞ったのだろう。俺はその勇気に答えようとハルヒを抱きしめた。 「ハルヒ、気づかなくてすまん。ハルヒの想いは受け取ったよ」 ハルヒは俺の胸で涙を流しながら言った。 「・・・返事は?」 「あ、ああ。実は俺はハルヒが消えた夢を見たことがある。その夢で俺はハルヒがいないことでパニックになった。そこで俺は気づいた。俺にはハルヒがいないとダメだ。俺にはハルヒが必要だ。ハルヒ、俺もハルヒが好きだ。ずっと一緒にいよう」 二人しかいない部室。ハルヒは涙を拭き、抱きしめてきた。俺も力を入れる。長い時間が流れる。 「なあ、そろそろあっちの世界に帰ろう。皆待ってるぞ」 「そうね・・・。あっ、戻る方法覚えてる?」 「ん・・・ああ、覚えているよ」 俺はハルヒの唇に自分の唇を重ねた。 気づいたら俺は部室の長机に突っ伏して寝ていた。ハルヒはいつもの場所に同じく突っ伏して寝ていた。 まもなく6時になる。下校の放送がかかる前に帰ろうとハルヒを起こした。 「おい、ハルヒ。起きろ」 「ん・・・ぅあ。がっ!」 ハルヒは驚いたか顔で俺を見るとすぐ目を逸らした。 「恥ずかしい夢を見たんだけど・・・。あれを夢で終わらせたらいけないと思う。ねぇ、キョン。私―」 「ハルヒ、夢の中で俺はOKをした。それでいいじゃないか。俺はハルヒのことが好きだ」 「・・・恥ずかしいこといってバカじゃないの・・///でも、嬉しい。私も好きだよ、キョン」 そんなことを話しながら俺たちは帰った。 空で輝く月の下繋いでいたハルヒの手は暖かかった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3781.html
※このSSはDSソフト「レイトン教授と悪魔の箱」を基にしています。 ───開けた者は必ず死ぬ─── そんな箱の存在を、あなたは信じますか? ──────────────────────────────── 拝啓 SOS団様 突然のお手紙申し訳ありません。 本当は直接あなた方のところへ伺って依頼を致したかったのですが、 事情によりこのような形となってしまいました。お許しください。 本題ですが、あなた方は「悪魔の箱」と言うものをご存知でしょうか? 開けたものは必ず死ぬ呪いの箱、と噂されているもののことです。 私の父は考古学者で、ぜひこの箱の調査をしてみたいと、先月イギリスの ある町に発ちました。詳しいことは私も知らされておりませんが、レイリス・シュレーダーという博士の助手をしているとだけ聞きました。 ところが先週、父が行方不明になったと…知らされました。 原因も何もかも分からずに、です。 私もイギリスへ行って父を探したいと思ったのですが、 引き止められました。 事実がはっきりしない以上、あなたにも危険が及ぶかも知れないと。 なので、私はあなたたちにこのことを頼みたいと思います。 イギリスで悪魔の箱について調べ、父を見つけてもらいたい… その一心でこの手紙を書きました。 あなたたちならきっとやってくれる…信じています。 5人分の航空券を手配しておきました。 12月26日の午後3時半、ロンドン行きの便です。 よろしくお願い致します。 ──────────────────────────────── 「ねぇ!面白そうじゃない!?呪いの箱と行方不明の父親…まさに不思議って感じじゃない!!」 団長は目をキラキラさせて興奮しながら言った。 「そうですね…僕も興味があります。一度、行ってみたかったですし。イギリス」 古泉が賛成しやがった。面倒なことになりつつある… 「わたしも行ってみたいですぅ」 「…行きたい」 …なんで皆そんな乗り気なんだ? 「どうするの?キョン。あんただけ残る?ノリが悪いわね」 まだ何も言ってないぞ。 「まあ…行ってもいいけどな。妹を預けられるんなら」 「じゃあー決まり!!SOS団の冬合宿inロンドン決定よ!!」 なんかおかしくないか? なぜ俺たちなのか…わざわざチケットを用意してまでSOS団に行かせる理由とは?? もっとしっかりした機関に頼んだほうが確実なのに。 しかも…父親の名だけが書かれた、宛名のない手紙。 調べたらすぐに分かることなのに…敢えて隠してるのか? なんか引っかかる…… まあいいか、ロンドン…行けるとなればこんなチャンスはないからな。 今年もクリスマスがおわって、来年まであと何日と数える時期になった。 12月26日、午後2時─── 「遅い!!罰金!!」 妹を親戚の家に預けた後、 いつもの声を聞きながら俺は最後に集合場所に向かった。 このバス停から空港へ向かうバスに乗るらしい。 時間があまりないので、今日は喫茶店でのおごりはなしだ。ラッキー。 午後2時20分、皆でバスに乗り込んだ。 ここから空港までは45分ほどかかるらしい。 俺はバスに揺られながら、あの時気になったことを隣に座る古泉に相談した。 「実のところ、僕にもよく分からないんです。今回は涼宮さんはあまり絡んでないようですね。つまり、彼女がはじめから望んだ結果ではない…」 「それで、『悪魔の箱』は本当に…?」 「…それもまだ。上の者ですら、その『箱』について一切の情報を持っていません。おそらく涼宮さんも、何かと恐れているものがあるでしょう」 「ハルヒが『箱』の正体を恐れている?」 「……いや、やはり[楽しみにしている]といったほうがいいでしょうかね。『開けたものは必ず死ぬ』…誰だって、興味を引かれますよ」 「俺はあんまり興味なんてないぞ。なにか裏がある気がしてならん…」 そのとき、補助席を挟んだ隣にいる長門が、俺の腕をつついた。 当のハルヒは、また朝比奈さんにいたずらしているようだ。 「今回の依頼状が来たことには、涼宮ハルヒはほとんど関与していない。そして、『箱』の正体について、彼女は急いで真相を究明することを望んでもいない」 長門はこっちを見ずに淡々と話す。 「…どういう意味だ?」 「本来の目的は依頼人の父親を捜すこと…しかし、彼女にとってはどうでもいい、目的としては二の次。本当にロンドンに行きたがる理由は、『箱』に隠された彼女なりの物語が具現化されているのをその目で見ること」 「つまり、涼宮さんは『箱』に隠された秘密というのを、既に頭の中で想像しているようですね。そしてそれが本当であればいい…そういうことです」 「それって、ただ楽しんでるだけじゃないか」 「違う」 「?」 「涼宮ハルヒは『箱』に関わることでその呪いにより我々の中の誰かが死ぬようなことになるのを恐れている…特にあなた。だから、そんな呪いすら始めからなければいいと望んでいる。呪い以外の、何か別の真相を。しかし、彼女の中に葛藤があるのも事実」 「………?」 「簡単に言えば、涼宮さんは『箱』の呪いが実在すれば面白いと思っている…しかし同時に、その呪いによってSOS団の誰かが死んだりすることを恐れてもいる。特にあなたには…そういうことです」 「なんで俺のことをそこまで強調する?…しかしあいつも子供みたいだな…呪いを信じてるわけだろ?」 「しかし涼宮さんが望めば、箱も呪いも実在することになるんですよ?」 「まあそうだが………相変わらずややこしいな……」 そんなこんなで俺たちは空港に着いたのだった。 「さて…搭乗手続きしてくる。みんなここで待ってて」 こういうとき、ハルヒのリーダーシップは少なからず頼りになる。 朝比奈さんは土産屋で可愛いストラップを探している。 残った3人は、バス内で話題を尽くしてしまったために、無言である。 やっぱり気になるな…ハルヒは何を望んでいるのか。 そもそも『箱』は実在するのか? 分からないことが多すぎる…… 一人で深く考えすぎて、いつの間にか時間が来ていた。 午後3時半、俺たちは無事に飛行機に乗り込み、ロンドンへと飛び立った。 およそ9時間半の長旅を終え、俺たちはロンドンの地を踏んでいた。 そこからタクシーで15分、安そうなホテルを探して町へ。 思えば、飛行機以外はこの合宿行き当たりばったりだな…大丈夫なのか? 荷物を預けたあと二班に別れて、第一回不思議探索inロンドンと称し、手紙に書いてあったシュレーダー博士という人のことを調べに回ることにした。 幸運なことに、俺は朝比奈さんと2人だ。 ハルヒたちは市役所へ行って住所を聞いてくるといっていたので、俺たちは町の人に直接聞き込みをして回ることにした。 「朝比奈さん…どう思います?」 「どうって…『箱』のことですか?」 「あの手紙がきたときから、不自然なところがいろいろとあるんですよ。何か知っていることはありませんか?」 「いえ、何も…もし知っていたとしても、キョン君には言えないことが多いので…ごめんなさい」 「禁則事項ですか」 「はい…」 「でも…朝比奈さんが自分で思っていることについては、口止めはされませんよね?」 「へ?」 「『箱』について、朝比奈さん自身はどう思ってるんですか?」 「………正直、分からないです。その呪いというものにしても、私は何も聞いてませんし、そもそも本当にあるのかどうか……」 まあそりゃそうだ。朝比奈さんの意見はもっともである。 「キョン君は、『箱』のことをどう思ってるんですか?」 「僕は…どうも怪しいと思うんです。わざわざ僕たちに依頼した理由…それに差出人の書いてない手紙。呪いじゃないにしろ、なんか裏があるかも…って」 俺たちは誰から情報を聞き出そうとするわけでもなく、気付いたら普通にロンドン市内を探索していた。 ヤバいな、ハルヒに知られたらまた何て言われるか…その時だった。携帯が鳴りだした。ハルヒからの電話である。 「…もしもし」 『ちょっと、有希と古泉くんが急にいなくなっちゃって。連絡はとれるんだけど、あんたたちと合流してって言われたの。今の場所分かる!?』 「ああ……駅西口だけど」 『わかったわ。今から行くから…あーそれと、あのシュレッダー…だっけ?その博士の家がどこかわかったから、そこに行くわよ!じゃ』 プッ 長門と古泉が…はぐれた? あいつらが二人で行動する理由は一つだけど…だけどな… そして電話を切ってみると、古泉からメールが来ていた。 [宿でまた会いましょう] 20分後、俺と朝比奈さんとハルヒは合流し、シュレーダー博士が住んでいるアパートに向かった。 「ハルヒ、何で古泉たちとはぐれたんだ?」 「はぐれたんじゃないわ。なんか急に『用事がありますから』って…こんなところでよ?用事なんてあるわけないじゃない。きっと二人で抜け駆けしたんだわ」 「まあ、あいつらがそんな関係じゃないことくらい知ってるだろ?」 やっぱり…でもまさか…ハルヒは不機嫌そうでもないし…どうしたんだろう? シュレーダー博士のアパートは、ロンドン中心部から少し離れたところにあった。ハルヒがチャイムを鳴らすと、しばらくして白いあごひげを生やした初老の男がでてきた。 「こんばんは…レイリス・シュレーダーさんですか?」 ハルヒは少したどたどしい英語で尋ねた。 「そうですが…あなたたちは?」 「私たちは日本から来ました。最近行方不明になった、あなたの助手の方についてお話を伺いたいのですが」 「…ケイジ……」 「?」 「いや……入りなさい」 部屋のなかはまるでごちゃごちゃした研究室のようだった。博士は真ん中にあるソファを指して「座りなさい」と言い、向かいの椅子に座った。 「それで…話を聞こうかの」 「はい。まず、この手紙を見てください」 ハルヒは依頼状をテーブルの上に置いた。 「差出人は書かれていませんが、この手紙は日本人の女の子からのものです。そして、その子の父親があなたの助手で、『悪魔の箱』と言われるものの調査中に…行方不明になった」 「………」 「その人について、何か教えてもらえますか?」 博士は悲しそうな表情をしていたが、やがて口を開きだした。 「……わかった。話そう。はっきり言って、わしもあまり思い出したくないのじゃが…君たちが彼の捜索をしてくれるなら………」 「あれは今月の頭じゃった。それ以前からずっとわしと彼…ケイジ・オノサキじゃが…二人で、『悪魔の箱』の謎を追っていたんじゃ。ばかげているのはわかっておるが…実際に死亡事件が多発していての。この1ヶ月で6人じゃ。しかも奇妙な共通点があって…」 「共通点?」 「6人全員、死亡原因がわからない。まるで眠ったように…死んでおる」 「それは確かに奇妙だわ…」 「しかも、この6人とも、以前に何かしら『箱』と関わっておるんじゃ」 「それはなぜ分かるの?」 「……それは警察との話で口外してはいけないことになっておる。すまんの」 (…聞いて、どうですか?) 俺は隣にいる朝比奈さんにこっそり尋ねた。 (やっぱり…変ですよね。『箱』に関係している人間が死んでいる…しかも原因不明で) 「それでな。わしらは『箱』について有力な情報が隠されているらしい場所に向かった。そこで調査を進めるうち…そこの町外れの森の中で………急にいなくなってしもうた」 「急に?」 「本当に急に、いなくなってしもうた」 「で…そのまま帰ってきたの?置き去りにして?」 「わしも必死に捜した。捜索班も派遣したが…その人たちもまた…消えてしもうて…」 「…なるほど。で、その場所とはどこですか?」 「フォルセンスと言ってな…キングズクロス駅から特急で2時間半ほどじゃ。じゃが、もし行く気なら気を付けた方がいい。あそこは…まるで呪われておる」 「どうだ?ハルヒ」 アパートを去り、宿に向かう途中、おれは尋ねた。 「どうって?」 「『悪魔の箱』だよ。あると思うか?本当に」 「何言ってんの。あるに決まってるわ。だっておかしいと思わない?博士の話によれば、『箱』に関わった人物が死んだ。尾野崎圭二は行方不明…実際に箱を見たり触れた人は生き残っていない…しかもそれがあるという場所は『まるで呪われている』……呪いの仕業とみて間違いないわ」 「そりゃおまえはそう思うだろうが…」 宿に着くと、既に長門と古泉がいた。 俺は男部屋で古泉に今日のことを尋ねた。長門も呼んで3人で。 「実は今日、小規模ですが…閉鎖空間が発生しました。一応僕が片付けておきましたが、どうやらいつもと違うようでしたので、長門さんにもついて行ってもらったんです」 「いつもとちがう?」 「今日午後5時16分にロンドン郊外のごく限られた地区で局地的閉鎖空間が発生、たまたま近くに居合わせていたため、我々は涼宮ハルヒをあなたの元へ誘導し、午後5時34分に消滅させた。ただし、今回異例なのはそれに涼宮ハルヒが全く関与していないこと」 「それって…ハルヒが発生させた閉鎖空間じゃないってことか?」 「…原因はまだ分からない。しかし、考えられる可能性があるとすれば一つ」 「なんだ?」 「涼宮ハルヒ以外にも、情報統合思念の能力をもつ者がいる。しかも、この地点から半径422.35km以内に」 「ハルヒの能力を持ったやつが…もう一人?」 「…可能性は低い。しかし、もしそうだとすれば厄介」 「厄介って?」 「本来一方向だけに働いている彼女の能力が、もう一つのそれにより一部もしくは全てが阻止された場合、情報統合思念体間衝突によって空間が情報飽和状態に陥り、それが最大許容量を上回ったとき、巨大なビッグバン現象を引き起こす」 「…………」 「例えば、涼宮さんが『神』であるとしましょう。そこにもう一人『神』が現れればどうなるか…世界は涼宮さんの支配下になるものと、もう一方の支配下になるものが生まれる…そうなったとき、なにが一番危険か、と言うことです」 「どういうことだ」 「かつて人間の異なる二大勢力の衝突により勃発した『戦争』という現象…これが全世界を巻き込みます。涼宮さんと『その人物』が直接対面し、彼女がもつ能力が、もう一つのそれと衝突したとき…世界は壊滅する危険にさらされてしまうわけです」 「実際にそうなった場合、そのビッグバン現象を引き起こす可能性は99.79%」 「仮に涼宮さんの力が同時に二つ、真正面からぶつかり合えば、そのときに生じる物理的エネルギーは…そうですね、広島型原子爆弾のおよそ120億倍、とでも言えましょうか」 「………………」 「またそれは、発生から12分以内に地球上のどの場所も壊滅させることができます」 「それを止められるのは、我々の知るところたった一人」 「……………」 「あなた。涼宮ハルヒが選んだ人物」 ……………………… 「ま、まて、ちょっと」 「無理もない。もともと言語伝達には向かない情報」 「いや違う。お前らの言いたいことはわかった。…ちょっとはな」 「とにかく、あなたしかいないんです。涼宮さんに何か起きた場合、あなたに処理してもらわなければ我々にはどうしようもないんです…分かってもらえませんか…ここにきたのは無論『箱』の調査のためですが、新たな問題が発覚した以上、僕と長門さんはこっちのほうも調べる必要があります…あなたや朝比奈さんにも。協力してください。…まあ、先ほどの話はあくまで仮説ですが」 ちょっとまて。訳が分からん。話の規模がでかすぎる…何?世界が壊滅だって?120億倍?え、しかもまた俺なの──── 理解しろだと?無理にも程ってもんがある。今日は歩き疲れたし、時差ボケもあるし…なにも考えたくないんだ。 時計の針は既に12時を少し回っていた。 「……時間をくれ。もうこんな時間だ。長門、もう部屋に帰ったほうがいい。おやすみ」 「…そう」 「おやすみなさい」 その夜俺は遅くまで眠れなかった。 つづく
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3343.html
0:夢 夜空に輝く天の川。 周りの喧騒がひたすら耳障りだった。 瞼は開いているが、飛び込んでくる情報は限りなく絞られ、指向性を持たされている。 ぼんやりと認識されるのは、人の声と、顔と、感触と……。 水滴。 とうとう雨が降り始めた。 雨脚は強まっていく。 ああ、星が綺麗だ。 俺は願った。 次に目が覚めるその時は、今より強い自分であれますように。 …………。 やがて俺は溺死した。 1:予言 世界の始まった日。 諸説ある。 うん十億年前。 四年前。 昨日。 今。 記憶という脆弱な結晶体を、証明する術はまだない。 出口の見えないラビリンス。 迷子になった思考が、己の存在の危うさを露呈させる。 だからこそSOS。 信号を発信し、居場所探し。 助けてください。 このSOSがあなたに届きましたら。 どうか早急なる救出を。 当サイトはもれなく未来永劫リンクフリーです。 § 「…………」 デリート。 …………。 ………………。 「U、N、K、O」 カタカタカタ。 うんこ。 ついでにネットで拾ってきた画像も貼り付けてやる。 「ふう……」 業務終了。 「いたっ」 背後からしたたかに殴られる。 振り向く。 顎を少々持ち上げ、視野とフォーカスを調整。 無自覚な行動の先に待ち受けていたのは、艶やかな十二単に身を包んだ麗しき姫君。 だったらいいな。 ないけどな。 「アホキョン」 目が合った瞬間、罵倒が飛んできた。 「キョン、あんたはどうしてそんなにアホなの? あんたが愚かな行動を起こすたびに引き合いに出される有蹄動物が不憫に思えてきたから、 これからはささやかなリスペクトの意味も兼ねてアホと呼ぶことに決めたわ」 ふふん、と得意げに胸を反らして見せた。 動作と同調して、後頭部から垂れて腰にまで達する馬の尻尾が、ゆらゆらと振幅する。 「ほらな」 「なによ」 「いや、なんだ、うん?」 鮮やかな原色のメガホンに目が行った。 「ああ、これ?」 手元で固定された視線に気づいたらしい。 「落ちてた。野球部に」 「へえ」 そうか、盗んだのか。 「…………」 「…………」 沈黙が流れる。 「さっさと書き直しなさいよ」 せっつかれる。 「え、ダメなのか?」 「愚問」 叩かれた。 「あんた、あたしが前に言ったこと覚えてる?」 「はて」 確か、普通と一味違うただならぬ気配がぷんぷんと漂うサイトにしなすわ~い、だったかな。 「はいっ、やり直す!」 消される。 なんてことを……。 「せっかく一気にただならぬ気配がぷんぷんと漂うサイトになったというのに」 「うんこの臭いしかしないわよ! これじゃあ寄るものも寄ってこないじゃない!」 「それは早計だな。もしかしたら、この“うんこ”という三文字が、とてつもない能力を秘めた人材を惹きつけるキーワードなのかもしれないじゃないか」 「うんこに引き寄せられるアブノーマルな性癖を秘めた人材なんて願い下げよ!」 放課後の文芸部部室にてうんこを連呼する二人。 それを遠巻きから見物している超能力者と未来人、マイウェイを突き進み上製本の薄紙を繰り続ける宇宙人。 日常があった。 § やがて定時となり、解散となった。 「いかん」 明日提出のプリントを机に入れっぱなしだったと気付いたのは、坂の中腹まで来てからだ。 「いかん……」 ものすごく億劫だ。 だがこのまま愚図っていても始まらない。俺は踵を返し、今しがた下ってきた道を登る。 もうずいぶん遅いため、校内に人の姿はまばらだ。 とっとと帰ろう。 教室に足を踏み入れる。 「あら」 人がいた。 それはどこか懐かしいような。 いや、そんなはずはない。 毎日顔をあわせているじゃないか。 「こんばんは」 少女――朝倉涼子は微笑を浮かべた。 「…………」 「忘れ物?」 「…………」 「違った?」 首を傾げる。 「ああ」 なんだろう。 一瞬、動けなかった。 「プリントを取りに」 席を指差す。 「そう」 含みのある笑い方だ。 「帰り道で気付いて」 夕日、教室、朝倉、二人きり。 単語が中空に羅列する。 「明日まで提出だから」 長門、手紙、谷口、再構成。 強烈なフラッシュバック。船酔いにも似た吐き気と頭痛に、立っていられない。 「だから」 右手を、無意識に見た。 「…………」 ……何もない。 当たり前だ。 「大丈夫よ」 朝倉が歩み寄ってくる。言葉の意味は不明。 しゃがみこんだ俺の足は、床に根を張ったように動かない。 「大丈夫、大丈夫」 なにが? その問いに答えるように、すれ違う瞬間、耳元で彼女が囁いた。 「今日は殺さない」 「あ……」 暗転。 § 意識を取り戻すと、私室のベッドの上に横たわっていた。 時刻はすでに深夜。 あの放課後での出来事から、記憶は途絶えている。 朝倉涼子。 思い出した。 思い出したということは、忘れていたということだ。 あんな凶悪すぎるイレギュラーを。 身震いがした。 § 翌日の昼休み、朝倉を屋上に呼び出した。 「告白?」 「馬鹿なことを」 「誤解だってされるわよ、こんな人気のない場所に連れ込んだら」 「しないさ、おまえは」 「涼宮さんよ?」 「…………」 いやな汗が背中を伝った。 「見てるの?」 「ええ、バッチリと」 「…………そうですか」 振り向くことは不可能だった。 「さあ、説明しろ」 俺は恐怖を押し殺し、無理矢理話を進めた。 「どれを?」 「すべてだ」 「うーん、どうしよっかな」 「ふ」 朝倉の体を壁に押し付ける。 背中に注がれる視線の熱量が増した気がしたが、この際気にしないことにする。 「言うこと聞くまで、逃がさないぜ。大人しくしな」 「あなたヤケクソになってない?」 「な っ て ま せ ん」 朝倉は、ひとつ小さく息を吐いた。 「私は昨日、七月八日、あの場所で生まれた」 とつとつと語り始める。 「それは私にとっても計算外の出来事だった。正直驚いたわ」 くるっとターンして、俺に背を向ける格好になる。 「生まれた。人間のように、限りなく受動的に。どうしてだと思う?」 「まさか、ハルヒが望んだからとでもいうのか」 一番可能性がありそうな解だった。 ていうか、それしか考えられない。 理由は知らないが、はた迷惑なことを。 「いいえ」 かぶりを振る。 「あなたが望んだから」 「え?」 豆鉄砲を食らった鳩状態となる。 「俺が?」 「ええ」 現在、俺のステータスは【混乱】だ。 「……そんな、嘘を」 「望んだのよ、それはとても強く」 再度ターン。 「迷子のあなたにヒントをあげる」 俺たちは、一メートルの空気を隔てて対峙する。 「まずあたしの存在、これが一つ目の間違い」 間違い。 嵌まらないジグソーパズルのピース。 それはすなわち異常。 「これはあなたの始めた間違い探し」 コンクリートの地面に、黒いシミが広がり始める。 「その途中で、あなたは失い続ける。 小さかった波紋は次第に広がりを持って、いずれ大切な仲間さえも。 そうやって辿り着いた真実にも、きっと破滅しかない」 彼女は息を継ぎ、俺と視線を接ぐ。 「だからせめて……」 ゲームの開始を告げる合図のように、唐突に。 「大切に、正誤なさい」 雨が降り出した。 2:違和感 教室に戻って席に座るや否や、背中をシャープペンの先端で刺される。 プスプスプスッ。 痛い。 顧みて訴える。 「痛いよ」 「痛くないっ」 えー。 「あのなあ」 抗議すべく、ハルヒをガン見する。 「あれ?」 違和感。 「なに」 「なあ」 「なによ」 「……いや」 ポニーテール。 おまえって、前からそんな髪型だったっけ? 疑問を飲み込み、俺は前に向き直る。 ――正誤なさい。 「…………」 プスプスプスッ。 「……痛い」 昼休みが終わっても、ハルヒの機嫌が好くなることはなかった。 授業・休み時間を問わず、ハルヒに無言でシャープペンで背中を突かれ続けるという荒行を堪えしのぎ、ようやく放課後となる。 やれやれ。 とっとと教室を離脱しようと考えていると、不運は続くもので朝倉と目が合ってしまった。 「バイバイ」 去り際に手を振ってくる。 ブスブスブスッ! いっそう突かれまくるのであった。 § 部室には、古泉と長門がいた。 「あれ、涼宮さんは一緒じゃないんですか」 「撒いてきた」 「はい?」 「いや……」 古泉の正面に腰掛ける。 しばし俺たちはボードゲームに興じる。 「なあ」 「なんです?」 「何か異常はないか」 「異常ですか」 顎に手を当てて考え出す。 「いえ特には。平和なものです」 「そうか」 「おとといの七夕も何事もなく終わりましたし、ずいぶんと気が楽ですよ」 七月七日。 必ずハルヒがとんでもないことをやらかすと肝を冷やしていた日。 しかし、結局何も起こらなかった。 強いてあったことを挙げるなら、自転車がかっぱらわれたことと、ハルヒの思いつきで夜に河畔に繰り出して花火をしたことだろうか。 「ま、ハルヒも成長したということだろう」 「これもあなたのおかげです。……あれ、また僕の負けですか」 古泉、三戦全敗。 驚異的な弱さだった。 「遅いな」 朝比奈さんと他一名。 北高は曲がりなりにも進学校を銘打っている。 受験生である朝比奈さんは、講習が夜にまで及ぶことがあった。 他一名は……あの様子なら帰ったかもしれん。 パタン、と長門が本を閉じる。 「帰るか」 「ええ」 長く座りっぱなしというのは腰にくる。 「あ、そうだ長門。話があるから残ってくれ」 「……」 こくり、と頷いた。 § 古泉を先に帰宅させ、長門と二人きりになる。 「すまんな」 「いい」 「朝倉のことだが」 初っ端から本題に入る。 「呼び出して、少し話したんだ」 「そう」 「間違い探し、なんだそうだ」 「……」 長門は黙っている。 「おまえは当然知ってると思うけど、世界がちょいと違うというか」 歯痒さ。 この世界は歯車が微妙にかみ合っていない。 「……それで」 「うん?」 「どうする気」 値踏みするような口調だ。 「どうするって……んー、そうだな」 朝倉も俺の始めたことだって言ってたしな。 やっぱ、俺がなんとかすべきなのだろう。 「しなくていい」 答えを見透かしたような言葉だった。 「あなたは何もしなくていい」 念を押される。 「えーと」 長門のガラス玉のように無機的な双眸が、俺を射抜く。 「普段どおりでいろと?」 「そう、私がすべて執り行う」 珍しい長門の自己主張。 確かに、そうすることが最善なのだろう。 尊重してやりたい、という私的な気持ちもある。 ……だけど。 だけどなあ。 「いや、俺でやれるところまでやってみるよ」 俺は申し出を断った。 「頼りっぱなしというのも情けないし」 「……」 「本当にマズイ事態になったら、頼るから」 それもそれでかなり情けないが。 「その時はよろしく」 頭を下げた。 「……わかった」 納得、してもらえたのだろうか。 長門の申し出の真意はわからない。 ただ。 あの時の長門は、いつになく必死なように見えた。 3:ナンパ 別の日の放課後。 微笑を貼り付けた谷口が歩み寄って来た。 親指を立てる。 「ナンパしようぜっ」 「しない」 「え」 部室へ。 「ちょ、ちょっと待てよ!」 進路を塞ぐ谷口。 親指を立てる。 「ナンパしようぜっ」 「お前誰だっけ」 「アイアムタニグチィ!」 部室へ。 「ちょ、ちょっと待てよ!」 進路を塞ぐ谷口。 親指を立てる。 「ナンパしようぜっ」 「一足す一は?」 「にー!」 部室へ。 「ちょ、ちょっと待てよ!」 進路を塞ぐ谷口。 親指を立てる。 「ナンパしようぜっ」 「RPGのイベントに出てくるエンドレス選択肢みたいだなお前……」 「ん? 何の話?」 白々しい……。 「どうかしたのかい、キョン」 国木田が興味を示した。 「シャルウィーナンパッ」 飽きがきたのか、メッセージがイングリッシュになった。 「ナンパしたいんだと」 「涼宮さんにバレたら、大変だよ」 「言われんでも、俺はやらない」 「だよねぇ。なのにキョンを誘ったの?」 谷口に問う。 「ああ、実はな」 物憂げな表情になる自称ナンパ王。 「俺さ、気づいちまったんだ」 「気づくな」 「ふぅ……つくづく俺って奴はとことん罪な男だぜ」 「生まれついての痴漢野郎だもんな。この先天性猥褻物陳列罪めが」 「昨日の学校帰りのことだ」 「ここだけの話、谷口くんはイジメられっ子だから正式には保健室の帰りなんだ」 「街で女の子に声かけたんだよ」 「女の子Aは逃げ出した」 「ヘイ、そこのカノジョ、お茶でも飲まない? って」 「女の子Bも逃げ出した」 「そしたらさ」 「女の子Cはイケメン彼氏を呼んでいる」 「お前うるさいな!」 キレた。 「ただの相槌だ。気にするな」 「その相槌が、ことごとく話の腰をバッキバキに折ってるんですけど!?」 口角泡を飛ばす抗議は、いささか不気味だ。 「落ち着けよ、醜い男と書いて谷口」 「普通に谷口と書いて谷口だよ!」 さすがに疲れたらしく、肩で息をしている。 「お前らなあ、俺に不満があるならはっきりと言えよっ」 そんなこと言うもんだから。 「じゃあお言葉に甘えて言わせて貰おう」 「うん、そうだね」 「へ?」 俺はコホンと咳をする。 「ナンパ王? 何がナンパ王だ。難破するばかりじゃねえかこの難破王。無計画にイカダ船に手ぶらで乗り込んで着水式気取ってんじゃねえよ」 「航海するたび後悔してるよね」 「何度失敗重ねれば学習するんだお前は。シャケか。とりあえず帰れればいいやあ、って思ってんのか。いい加減、海図か羅針盤持つこと覚えろやサーモン」 「辞書もね」 「役に立たないだろ、そんな不可能しかない落丁辞書」 「アハハハ」 すでに俺たちの隣に、谷口の姿はない。 「チキショーー!」 奇声を上げて、十メートルほど前方を全力疾走していた。 と思ったら倒れた。曲がり角から出てきた人と交錯したようで、もつれ合っている。 担任の岡部だった。 逃げ出す谷口。 追跡の岡部。 すぐさま御用となる。 世界は平和になった。 § 今日は全員勢ぞろい。 「……」 入室早々、約一名に物凄い形相で睨まれる。 ほとぼりはまだ冷めないようだ。 「はい、どうぞ」 「ああ、すいません」 朝比奈さんから湯気の昇る湯飲みを受け取ろうと手を伸ばす。 ……が、朝比奈さんの背後から腕が伸びてきて、それをかっぱらっていった。 誰かというと、もちろんハルヒなわけで。 ごっきゅごっきゅ。 なんと一気に嚥下していく。 熱くないのだろうか。 「ごちそうさま」 飲み終えると、指定席に帰っていく。 空っぽになった湯飲みだけが残される。 朝比奈さんは引きつった笑みを浮かべている。 俺の心は冷えるばかりだ。 「蒸発しちゃったよ」 古泉は俺に哀れみの目を向けた。 4:ナンパ2 放課後になると、また谷口が歩み寄ってきた。 「ナンパしようぜ」 「お前の学習能力にはつくづく驚かされるな」 「ははっ、そう褒めるなって」 「その返しは発想になかった」 「ほら、行くぞ」 腕を引っ張られる。 「学校の中でするのか……」 「ナンパ初心者のキョンにいきなり街頭デビューはハードルが高いからな」 「だから俺はしない」 「まあまあ、そう言わず一発キメてみろよ。すぐによくなるぜ」 「おまえ後輩にシャブ売りつける上級生みたいだな」 こつこつと近づいてくる足音が聞こえた。 「おっと、誰か来るみたいだ」 物陰に隠れる谷口。 「まずは手始めに、そこの角を曲がってくる女子生徒に声をかけろ。指示は俺が出す」 言って、谷口はおもむろにノートを取り出す。 どうやらそれに文字を書いて台詞を伝えるらしい。 大丈夫なんだろうか……。 ともあれ俺は角を曲がってきた人物に近寄っていく。 「ちょっといいかな」 呼び止める。 「はい?」 始めて見る顔の女子だった。 俺は谷口を見る。 『愛してる』 「…………」 空気が凍った。 「あの?」 「いや、なんでも……人違いでした」 俺は首を傾げる女子の横をすり抜け、谷口の方へとダッシュする。 勢いそのままに蹴りつける。 「もうしないか!」 「しません! しません!」 そんなこんなでテイク2。 「来たぞ」 谷口から合図が送られる。 俺は指定の位置につく。 コツコツコツ……。 足音が迫ってくる。 「あー、もし。そこのあなた」 曲がる人影に声をかける。 「……なによ」 鬱陶しげにシルエットが振り返る。 「うげ……」 「……なにやってんのあんた」 白い目を向けてくる人物。 ……涼宮ハルヒその人だった。 「こんなところで暇つぶし? 部活さぼっていい度胸ね」 試合開始早々に胸倉をつかまれる。 「いや、待て待て。これはだな」 俺は救いを求めて谷口を見やる。 『ナンパしてたんだ』 「ナンパしてたんだ」 思わずそのまま口走った。 「へー……」 フリーズドライされた瞳が俺を睥睨する。 「ち、違うぞ、今のはお茶目なジョークだ。本当はな」 谷口を見る。 『君を待ってたのさ』 「お前を待ってたんだ」 やっとまともそうなのが来た。 「あたしを? 部室で待ってればいいじゃない」 それはもっともなご意見だ。 『大切な話なんだ』 「あー、実は大切な話があってな」 とりあえず指示に従っておく。 「ふーん、なに?」 俺が知りたい。 『今日、親帰ってこないんだ』 「今日な、ウチの親帰ってこないんだよ」 偶然にもこれは本当だった。 そういえば谷口には、昼間に話したような気もする。 「はあ!?」 ガン飛ばされた。 「だからなに!? な、なななななななんだってんのよ!」 胸倉つかまれたまま前後に揺すられる。 俺の家庭事情の一部分を掻い摘んで話しただけで、なんだってコイツはこんなに怒りを露わにしてるんだ。 いかん、酔ってきた。 「あ~……」 正常な思考が保てない。 とりあえず谷口を……。 『俺ん家こいよ』 ………………。 …………。 ……。 § 「…………」 「あの、大丈夫ですか?」 古泉が心配そうに覗き込んでくる。 「うぷっ」 「大丈夫じゃ……なさそうですね」 気が付けば俺は、グロッキーになって机に突っ伏していた。 「あの……」 「なんだ」 「さっきからハンカチを甘噛みした涼宮さんが、あなたに熱のこもった視線を送ってるんですが……何か心当たりありませんか?」 「……そもそもここ一時間の記憶がない」 「それは、災難でしたね」 同情の眼差し。 「相当つらいようですし、家まで肩貸しましょうか?」 「すまん……」 今日は早めに上がらせてもらうことにした。 古泉の肩を借りてよろよろと歩く。 「あの……」 「どうした」 「さっきからリボンを甘噛みした涼宮さんが、あなたに熱のこもった視線を送りながら三メートル後方をぴったりとついて来るんですが……」 「……すまん、俺にも意味がわからん」 「そうですか」 家に着いた。 「悪かったな」 「いえいえ、では僕はこれで」 ぺこりと一礼して古泉は去っていった。 「ふう」 「二人きり……」 「うおっ!」 すぐ背後にハルヒがいた。 「川沿いリバーサイド……」 「おーい」 「これ」 買い物袋を取り出した。 「カレーにするから」 「え、作るの?」 「嬉しいでしょ」 「ああ、まあ」 出前を取る手間と出費が省けるのは嬉しいが。 「肉じゃがが良かった?」 「いや、カレー好きだけど……」 妙に甲斐甲斐しいな。 「おじゃまします」 勝手に上がりこむ。 「あ、ハルにゃんだー」 先に帰宅していたマイシスターがとたとたと駆けてきた。 「…………」 「ハルにゃん?」 「ハルヒ?」 ハルヒの動きがPAUSEボタンを押したときのように微動だにしなくなる。 「誰……」 ぼそっ、と呟く。 「誰よこの女」 「はい?」 耳を疑う。 「やっぱり女を連れ込んでたのね」 「あの、なにがなんだがさっぱりなんだけど」 「しらばっくれないで!」 殴られる。 「OUCH!」 予想の遥か斜め上を行く急展開に、さしもの俺も英国調だ。 「なんでこんな可愛い女の子が、あんたの家に上がりこんでるのよ。説明しなさい!」 「いや、家族だし」 「ていうことはアレ? 一つ屋根の下?」 「そりゃ家族だし」 「いや!」 目を覆った。 はしたない!ということらしい。 そのままトイレに駆け込む。 「ねーハルにゃん、どうしたの?」 「さ、さあ?」 それから二十分ほど待ってみたが、出てくる様子はない。 このまま夜通し立て篭もられてもたまらないので、説得に向かう。 「ハルヒ、入るぞ」 扉を引く。 ハルヒは便器の隣で膝を抱えてうずくまっていた。 「…………」 「ハルヒ?」 おそるおそる声をかける。 「インセスト」 「うん?」 判じかねる。思考を疑問符が埋め尽くした。 「インセスト。つまり近親相姦」 「うん」 一応相槌。 「キョンはインセスト。不潔な不潔なインセスター」 「おいおいおい」 制止すべく手を伸ばす。 ハルヒはひらりと身を翻してこれをかわした。 「攻撃? 攻撃するのね?」 「いや、違うって」 「伏せカードを発動するわ」 「はいっ!?」 「インセスター馬鹿(トラップカード)。世間からずっとドローされ、攻撃され続ける」 なんか補足説明文っぽいの出てきたぞ。 「がぶっ」 「あいたっ」 腕に噛みついてきた。 「帰って、もう帰ってよ……」 「いや、ここ俺ん家だから……」 説得はかれこれ三時間に及んだ。 § カレーを美味しくいただき、満腹となった俺は一足早く自室に戻ってきた。 寝転がると、眠気が去来する。 俺は逆らうことなく、眠りの世界へと旅立つ。 ぐー。 …… ………… ………………ぎしっ。 物音に目が覚める。 「……誰だ?」 視線を発信源に移す。 「……なにやってるんだ、おまえ」 寝巻き姿のハルヒがマクラを抱いて立っていた。 長い沈黙の時間が流れる。 「ぬ……ぬか床」 「???」 意味がわからなかった。 わからなすぎて、逆に何かを悟ってしまいそうだった。 「具合確かめようと思って」 やっと合点がいく。 「あーはいはい、ぬか漬けの」 「うん。キョンの部屋でこっそり漬けさせてもらってたの」 「人ん家でなにしてんだてめぇ」 素でブチ切れる。 安眠を妨害されたことも加え、怒り心頭なのである。 「ぬか……美味しいよ?」 メインぬか単体かよ。 「はあ……」 眠気が勝る。 「用済んだら出てけ」 文字通り目を瞑り、酌量した。 「すぴー……」 俺はすぐさま眠りの世界の舞い戻った。 ……。 …………ドスン。 ……………………。 「うーん」 どうも寝苦しい。 得体の知れない重圧感に、俺は薄目を開ける。 「じー……」 ハルヒが俺の腹に跨り、こちらを凝視していた。 「…………」 悪夢だ。 うわ、やべ、目あわせちまったよ……。 「…………」 するとハルヒは今度は体勢を低くして、コアラのようにしがみついてきた。 「?」 忍んでいるつもりなのだろうか。 「おい」 「…………」 「いや、信じられないくらい呆気なくバレてるから」 頭頂部を小突くと、ハルヒはういーんと上体を起こした。 「あらキョン、偶然ね」 「すげぇ偶然だな……」 どんだけの奇跡を起こせば、ここまでの窮地に陥れるのか。 「そこで何をしている」 「…………」 逡巡。 「……ぬか床の」 「この限局にも程がある状況だと、俺をぬか床としたケースのシミュレーションしか想定できないんだが!?」 あまりに非道で遠まわしな嫌がらせ。 「ち、違うわ。あのね」 あたふたとハルヒ。 「うん?」 「ぬかを」 「ふむふむ」 「……枕の下に」 「!?」 跳ね起きる。 「仕込んだのか?」 もし本当なら、翌朝気づかずにのこのこと登校したが最後……。 じゃんじゃんじゃんじゃじゃじゃーん。 イマジン(想像してごらん)。 谷口にあれキョンお前なんか臭くないかとか言われたのを発端に国木田にもキョン今日は一味違うね主に体臭の方向性がとかなんとかで担任の岡部に誰だあ教室でぬか漬けてる奴はって言われて女子にクスクス笑われて晒し者になってるよ。 ユーーーーー(俺)! さらば青き日々よ。 きっとその日から、糠田キョン子なる忌々しきニックネームが人生の汚点ワーストワンとしての市民権を獲得し、確固たる地位と財力を築き上げるんだ。 過酷すぎる未来予想図に絶望した俺はさめざめと泣き出す。 「ジョークよ……ジョーク。そう、スパニッシュあたり出典のやつ」 適当に茶を濁すハルヒであった。 「さあ、明日も早いわ。早く寝ましょ」 極めてナチュラルな動きで俺の布団へと潜りこんでくる。 「ハルヒ」 「おやすみ」 三秒ですこやかな寝息が聞こえてくる。 「ハルヒ!」 「すーすー……」 「…………神よ」 その神は隣で寝ていた。 夜は更けていく。 5:約束 翌朝は極度の寝不足である。 抵抗率百パーセントな体を無理矢理ベッドから引き剥がし、だるさを堪えて登校する。 「しゃきしゃき歩く」 背中を押され坂を登る。 「てか、おまえ外泊するって家に連絡したのか」 「してない」 「冷静に考えたらヤバくないか、それ」 「ヤクいわね」 「いや、ヤクくないし意味ぜんぜん違ぇから」 「大丈夫よ」 しれっと言い切ってみせる。 だらだらと歩いているうちに学校に到着。 教室に入ると、谷口が不自然ににやけていたので、鞄を置くと廊下に舞い戻った。 今日一日は近づかないのが吉だろう。 廊下をあてもなくぶらつく。 すると古泉に遭遇した。 「おはようございます。眠そうですね」 「いろいろあってな」 眠気覚ましに、少し立ち話でもしたい気分だった。 「どうだ、最近は」 「相変わらず暇なものですよ、どうしてですか?」 「昨日か一昨日に、異変はなかったか」 「異変ですか」 「閉鎖空間」 俺の言葉に、場には見えない緊張の糸が張り巡らされた。 「どうなんだ?」 「……いえ、閉鎖空間も例の神人も、発生してません」 「そんなはずはないだろう」 古泉の微笑が歪む。 「根拠が?」 「理屈が合わないんだよ」 「なんのでしょう」 「あの空間は、ハルヒの精神状態が不安定になると発生するんだろ」 「ええ」 「三日前に、俺が女子を屋上に呼び出したところを見られてるんだ」 古泉の糸目がかすかに見開かれる。 「自惚れじゃないよ」 「……そうですね」 賛同を示す頷き。 「人の好意に、鋭くなられました」 成長した我が子を慈しむような声色だ。 俺はもう一歩踏み込んで質問を投げかける。 「なあ……おまえ、俺になにを隠してる?」 「…………」 少しの静謐な時間。 喧騒が遠い。 「約束をしました」 少年は長い時間をかけて、一言を発した。 「侵略する者は」 始業のチャイムが鳴った。 「潰します」 § この日、古泉は部室に顔を見せなかった。 「なんか、バイトが忙しいから少しの間休ませて欲しいって」 ハルヒが伝言を承っていた。 「みくるちゃんも講習みたいだし……あーもう! まったく」 ここ最近の参加率の低さに、ハルヒは頭を抱え深々とため息をついた。 しばらくは今いる三人だけの集まりになりそうだ。 「うーむ」 ゲームも対戦相手がいないと退屈なだけだった。 § 水曜日。 授業中、窓の外に見知った背中を見かけた。 そいつは旧校舎へと歩いていく。 休み時間になると、俺も旧校舎に向かった。 すぐに目的の人物は見つかる。 そいつは文芸部部室の前で突っ立っていた。 「入らないのか?」 古泉は驚いた様子もなく俺を見た。 「あれ、どうしたんです? こんなところで」 「それはこっちの台詞だ。二日もサボりやがって」 「ついさっきまで忙しかったんですが、唐突に暇になりまして」 「そっか」 「はい」 古泉はもう一度、部室をしげしげと眺め始める。 「提案なんですが」 「なんだ」 「遊んでくれませんか」 § 部室には誰もいなかった。 長門も、さすがに学校にいる間中ここにいるというわけではないようだ。 「オセロでいいか」 「ええ、どれでもけっこうです」 パチパチと石を打ち始める。 白と黒。 二色の世界を外へ外へと広げていく陣取りゲーム。 戦争において、肝心なのは手駒の量ではなく管理者の質である。 兵器の差が戦力の決定的な差ではない、と某少佐もおっしゃっている。 土地、天候、兵力の振り分け。 最適な演算処理が求められる。 優れた統率者が指揮を執る軍が勝利を手中に収めるのだ。 「ふむ……」 古泉が唸る。 力の差は歴然で、俺の圧倒的優勢となる。 どう見ても逆転の余地は無い。 「お聞きしたいのですが」 「なんだ?」 「この大差、誰もが僕の負けだと確信する局面で……もしも、ですよ。この差をも埋めてしまう逆転の一手があるとしたら、あなたならどうします?」 「あん?」 古泉の意図がわからない。 「おまえ、そんなの……」 俺はその後の言葉を発する前に、口を閉じた。 無理。 現実逃避だ。 ありえない。 そんな手は存在しない。 きっとそういう風に答えていただろう。 堂々巡りするかつての俺を、俺は斜め上から眺めていた。 いつかの自分より、少しだけレベルアップした自分で。 「俺なら……」 馬鹿なことと知りながらも、真剣に立ち向かう。 それは凄いことだと思った。 「その手に見合った、最高の石で打ってやるんじゃないかな」 だから俺はそう答えていた。 古泉はその答えに満足したように立ち上がる。 「すみません、もう時間です。続きはまたいつか」 足早に部室をあとにする後姿は、妙に清々しく見えた。 § それから三日後の七月十八日。 古泉の訃報が届いた。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3509.html
「俺はハルヒが好きだ」俺の言葉にハルヒは、はっと驚いて顔をあげた。他の2人は俯いたままだ。 俺は2人に何と声をかけたらいいかわからない。「ごめん、2人共」 「キョン…」ハルヒが不安そうに俺を見る。 「親友として、これからもよろしくね、キョンに涼宮さん」佐々木は涙をながしながら微笑み、言った。ああ、よろしくな。 「お兄さん…その…」ミヨキチは泣きながらも必死に何か言おうとしている 「涼宮さんと…幸せになってくださいね」ああ、ありがとう、ミヨキチ。 その後、俺は佐々木とミヨキチに「ハルヒを幸せにする」という誓いのキスをさせられた。俺もハルヒも真っ赤だったがな。 翌日の放課後、俺は古泉と中庭で喋っていた。 「いやあ、おめでとうございます」古泉、おだてても何も出んぞ。 いつも通り答える俺に古泉は「僕の仕事が減って、長門さんと一緒に居られる時間が増えれば、それで十分ですよ」そうかい。 「誓いのキスもしたそうですね?」何でお前が知っている! 「長門さんが教えてくれました。アナタのせいで、僕も色々大変だったんですよ?」 何が大変だったんだ? 「それは禁則事項です」ニヤニヤしながら言うな、気持ち悪い。 「ちょっとキョン!何やってんの! ハルヒが呼んでいる。横には長門もいる。行くか古泉、団長様がお呼びだ。 ハルヒのところに行くと「古泉君と何話してたの?」と俺に聞いてきた。何でもないさ。 「ふーん。まあ良いわ、次の探索の日なんだけど…」 楽しそうに話すハルヒの顔を俺はずっと見ていた。「ちょっとキョン!聞いてるの!」ああ、聞いてるさ。 俺はハルヒを選んだことに後悔していない。先のことなんて分からない。きっと辛い事もある。 でも、コイツの、ハルヒの笑顔を見ていたいから俺はハルヒと幸せになる。